2022/05/02 小雨とスズちゃん
伊織とスズ、二人で遊んだ帰り道。
駅へ向かう途中。
まだ夕方なのに、歩いているうちに辺りが薄暗くなった。
スズがくんくんと鼻を鳴らして、辺りを見回した。
遅れて、ポツと水滴が落ちてきて、道路にシミをつくった。
「あ、雨かな?」
手の平を上に向けてのんきに伊織が空を見上げていると、すぐに雲行きが怪しくなって、大粒の雨がボトリボトリと降り注いでくる。
「ぎゃ~っ!」
カバンを頭上に掲げ、スズの背中を押して、付近の屋根のある場所に逃げ込んだ。
行動が早かったため、幸いなことに濡れねずみにはならずに済んだ。
通学路ということもあって人通りはそこそこあったため、どしゃ降りに面食らった生徒たちの阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。
「そういえば、リクくんが傘持ってったほうがいいって言ってたカモ……」
せっかくの弟の換言も、起きたばかりの寝ぼけた頭では耳から通りぬけてしまっていた。そのくせ頭のどこかに残っているのか、こうしていざ状況に出くわすと、そういえば、と思いだしてしまう自分の頭がにくたらしかった。
「傘もってるわ」
バッグをゴソゴソやっていたスズが、折りたたみ傘を取りだした。レースのついたデザインで上品な白色。
「わ、スズちゃんえらい!」
スズが折り畳み傘を押し開くと、傘が広がる。折り畳み傘の宿命としてサイズはコンパクトで、1人はギリギリ入れるがバッグなどは濡れてしまうだろう。
そうこうしてるうちに、通り雨だったのかすぐに雨足が弱まって、ポツリ、ポツリ、というくらいの強さなった。
「よかった~。雨やんできた。これなら帰れそう!」
伊織は傘を持たぬまま、屋根の下から飛び出そう、としてスズに腕を引かれた。
「待って。濡れちゃうでしょ」
「もうほとんど降ってないから平気だよ? あ、私のことは気にしないでスズちゃんは傘差していいからね」
「そういうわけにはいかないわ。伊織が濡れるのもイヤなの」
強情なスズは少しでも伊織が濡れることを認めなかった。
「ほら入って」
スズは傘の端につめて、手の仕草で伊織を呼び込んだ。
「ちょっと、狭いんじゃないかな?」
「大丈夫よ」
謎の自信をもって発言するスズの目の奥の光には意見を変えるつもりはないと悟って、観念することにした。
「……それじゃ、入れてもらおうかな?」
「どうぞ」
スズの小さな肩に、自分の肩をぴったりとくっつけると体温が伝わってくる。
勝手知ったる仲なので、どちらにも照れはない。
パラパラとした小雨の中、白い傘は駅に向かって歩きだした。
「やっぱり狭いよー」
「そう? でも楽しいわ」
傘の表面をつたって肩にぼとっと落ちてくる水滴のほうが気になる、と伊織は思う。
「小学生の頃、るいと1つの傘で雨を歩いたのよね」
「相合傘したんだ~」
「しがみついてきて歩きにくかったわ。身長もほとんど同じだったのよ」
「ええ~、そうなんだ! 意外カモ!」
「中学生くらいからだんだん大きくなってきて、可愛げもなくなったのよね」
遠い目をするスズ。
「昔の先輩のほうが好きだった?」
「断然、昔ね」
即答する。
「おどおどして自信なさそうで人見知りで甘えん坊で……可愛かったわ」
「今の先輩からは全然想像できないよー」
どこか自信満々で、上から目線でくる感じで、素っ気ない、頼りがいがある、それが伊織にとってるい像だ。スズの口から語られた幼少時のるいの印象とは正反対と言っていい。
「まったく、2、3年くらい目を離してるうちに、なんであんなふうに育っちゃったのかしら……」
スズは生まれつきの病気が悪化して、小学校高学年~中学2年生まで長期入院していたんだそうだ。病院は家から遠かったので、るいも会いに来れず、その間ほとんど絶縁状態だったという。
退院後、スズが再会したるいは、伊織が知ってる今のるいで、不真面目でちょっとひねくれたあの感じだった。同一人物とは思えず、かなりショックだったとスズは言う。
「いったい何に悪い影響を受けたのかしら……」
スズはため息をつく。
「何かあったの?って聞いても、「別にいいじゃん」って教えてくれないのよね、アイツ……。きっと反抗期なのね」
弱々しかった昔の自分は黒歴史と思っていると、るいから伊織は聞いていた。今度は自分がスズを守ってあげられるほど強くなった、と。同時にスズには言うな、と釘を刺されてもいた。
「でも昔から変わってないとこもあるんじゃないかな」
「どこ?」
「スズちゃんが、大好きってとこ!」
「…………」
意外だったのか、伊織の言葉にスズはキョトンとする。
「好きならもっと素直に表現してほしいものね。私にとっては生意気な弟って感じだもの」
「女ですらないんだ……」
スズにとってるいは弟に見えているらしい。
私にもリク君って弟がいるけど、口うるさいところはあるけど、大好きなんだ。
「私も弟いるからおんなじだね!」
「ふふっ、伊織の弟も生意気なの?」
「うーん、まあ、そうかも! でも大好きなんだ」
「そうなのね」
きっとスズちゃんも"弟"に対しておんなじ気持ちじゃないかな?
そう思ったけど、口にはださないことにする。
おしまい
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