2024/03/14 スズちゃんの3つのモード

とある土曜日のお昼すぎ。

 伊織と礼子は2人でドーナツショップにきていた。

 休日ということもあって、店内の座席はやや混んでいる。

 礼子はドーナツとコーヒーを載せたトレイを持ったまま、伊織の姿を探していた。

「おーい、礼ちゃんこっちー」

 壁際のテーブル席から伊織が手を振っていた。伊織は奥側のソファに腰かけている。

「すみません、お待たせしました」

 礼子が遠慮しがちに席につく。2人はドーナツを食べ始めた。

「今日はなにか話したいことがあるんだよね?」

「はい……」

 礼子は力なく頷く。

「その……」

「うん」

 もぐもぐ。伊織はドーナツを食べる手を止めない。

「スズさんのことで……」

 もぐもぐ…ごくん。

「ケンカでもした?」

「そういうわけじゃ、ないんですけど……」

「礼ちゃんはスズちゃんと同じクラスなんだよね」

 スズと礼子は中学3年生で、同じ学校、同じクラスなのだった。

 2人が知り合ったのは共通の知り合いである伊織がキッカケで、それ以前には学校で話すことはなかった。

 礼子はクラスメートとしてスズの顔と名前くらいは知っていたが、スズは知らなかったらしい。

「学校でぼっちな私に、スズさんが話しかけてくるようになったんです」

 スズもクラスでは浮いていて、仲の良い友達は1人もいないらしいと付け加える。

 それで、ことあるごとに一緒に行動するようになった。

「でも、スズさんの気持ちがよくわからないというか……。ペースについていけなくて」

「そうだったんだ。礼ちゃんは困ってるんだね」

「スズさんは急に怒りだしたり、お姉さんぶろうとしたり、かと思えば、ぼーっとして何も聞いてなかったり……」

 日頃の苦労を思いだしているのか、礼子は眉間にしわを寄せる。

「――私、わからないんです!」

 礼子は興奮して、テーブルに両拳をひかえめに叩きつける。

 バン!とは鳴らず、トン!という軽い感じだ。テーブルの上のお皿も、ほとんど微動だにしなかった。

「す、すみません……」

「うんうん、すっごく悩んでるの分かったよ。私に何ができるかな?」

「スズさんから、伊織さんの話をよく聞くんです。伊織さんは上手くやっていけてるみたいなので、教えていただきたいです。スズさんという猛獣の取り扱い方法を……!」

「もう! スズちゃんは危険じゃないよ?」

 伊織は冗談っぽく怒って、ほっぺたをふくらませた。

「でも、ちょっと人より気難しいのカモ…? そうだなぁ~……」

 伊織は腕組みをして、ムムとうなる。

「スズちゃんって、3つの気分がある気がする。それがとつぜん切り替わったりするから、ビックリしちゃうのかな?」

「3つの……?」

「1つ目は、周りを警戒してるとき。お姉さんモード。友達を守ろう!としてくれるんだ。知らない場所とか、道を歩いてるときに、友達がはぐれないようによく気にしてくれてるの。地面に変なものが落ちてないかとか、空からボールがとんでこないか~とか。このときは、他に注意が向いてるからあんまり話をしてくれないの」

「私を守ろうとしてるのは、よく感じますね……。目立つのが苦手なので、かばってくれるのは助かる面もありますが……」

「2つ目は、すごく怒ってるとき。激おこモード。友達が危ない目にあったり、悪いことをしようとすると、すっごく怒るの。スズちゃんが納得するか、落ち着くまで待つしかないかも」

「私が今朝から微熱があるって言ったら、寝てなさい!とすごく怒って、保健室に連れてかれたんですよね」

「最後は、うとうとモード。ごはんのあととか、夕方とか、眠くなるとぼんやりしてるの。緊張が解けて、無防備に甘えてくるからすっごく可愛いんだよ」

「帰りに急にもたれかかってきて、くっついてきたので戸惑いました。普段はそんなことしないのに……」

「これがスズちゃんの3つの気分だよ! これでスズちゃんのこと、少しは理解できた?」

「た、たぶん……」

 スズを理解できることと、好きになれるかはまた別の話だと礼子は思った。

「猫ちゃんみたいだよね。猫ちゃんもツンツンしてる気分と、甘えてくる気分のときあるもんね」

「あ……! 前に聞いたことがあります。飼われてる猫は、野生の猫と性格がちがうって。野生モード、親猫モード、子猫モードを使い分けるそうです」

「ふふっ、スズちゃんと似てるかも」

 親猫モードで危険を警戒し、危険を察知すると野生モードで戦闘態勢、リラックスしたら子猫モードで甘えてくる。

 ころころ変わるスズの気分は、本当に猫のようだと。

「困った猫ちゃんですね」

「でも、とってもいい子だよ! やさしいし」

「そう、ですよね……。私だってべつに嫌いなわけじゃ……ないですから」

「ふふっ、よかった!」

 猫のように気ままだと思えば、スズの変わり身も受け入れられるかもしれない。

 でも、スズさんの飼い主になろうとする人は大変だなと礼子は思う。

 やっぱり、私は犬派です。


おしまい

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