2024/02/26 スズとリップクリーム

 冬のある日。

 夕方前の下校時に、伊織とスズが2人で道路を歩いている。

「ううっ、寒いね」

 風が吹くと、肩をひっこませて身を縮めて震える伊織。

「帰ったらあったまろ~。唇、紫色になってるカモ」

「……あら」

 と、スズが伊織の顔をじっと見る。

「どうかした?」

「唇が乾燥してるわよ。リップクリームはある?」

「ないケド……」

「そう」

 スズがバッグから小さいポーチを取りだし、中からリップクリームのスティックを取りだす。

「塗ってあげる」

「えっ、うん……ありがとう!」

 目をつぶって唇を気持ちつきだす。

 (これって、キス待ち顔を見られちゃってるのかな)と伊織は少し恥ずかしくなった。

 唇の上をスティックがやさしく滑らされる感触があった。左右に2往復くらいした。清涼感あるミントの香りが伊織の鼻をくすぐった。

「これでよし、ね」

 伊織が目をあけると、スズの得意げな顔が目の前にあった。

「いい香りだね。ありがとう!」

 伊織が唇をゆびでなぞると、潤っているように感じる。

 これなら乾燥でわれたりしないだろう。

「リップクリームはあったほうがいいわね。冬は唇のケアをしないと乾燥して荒れちゃうわ」

「そうなんだ! ありがとう」

 そうして2人はそれぞれ家路についたのだった。

 翌日、伊織はそのことをるいに話した。

「ハア!!? 間接キスしたのかよ! 絶対ゆるさん! ころす! ころす!!」

 るいは目を血走らせて伊織の胸倉につかみかかり、前後にブンブン振り回す。

「そ、そんなつもりなかったんだケド~!?」

  るいは伊織の身体を思う存分グラグラと揺らし、怒りを発散して満足したあと伊織を開放した。

「うう~」

 ゆすられた衝撃で伊織は頭がクラクラする。

 言うんじゃなかったと後悔するが、おしゃべりな気質なので何かあれば話さずにはいられないのだった。

「ったく、ズボラだと得だねえ」

 るいは不満そうに伊織の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。

おしまい

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