2023/12/04 るいのありがとう(前半)

 スズが不満なのは、るいが『ありがとう』を言わないことだった。

 るいに何かしてやっても、「ん」とか「おう」とかそんな生返事。

 るいのことだから、誰に対しても同じような感じだろう。人に感謝する気持ちはとても大切だと、スズは思う。

 きちんとお礼を言えないようでは、るいはろくな大人にならない……。

 なんとか矯正してやらねば……と、スズは頭をとても悩ませていた。

 

『え? そうかな?』

 電話口の伊織の反応は、ぴんときてない様子だ。

 スズは悩んだ末、通話で伊織に相談することにしたのだった。

 るいの普段からの悪行を、特に気にしていないらしい伊織は根っからの善人だとスズは思った。


「絶対そうよ。言われた記憶ないもの」

 スズが語気を強めると、そうかも…と伊織は納得してくれた。

「何とかして、るいにありがとうって言わせたいの。どうしたらいいと思う?」

『うーん、そうだなあ~……。先輩が喜ぶことをいっぱいしてあげるとか?』

「それで、言うかしら?」

 ただ単に、るいを喜ばせて調子づかせるだけの結果になることをスズは危惧した。

『先輩ホントはやさしいもん。スズちゃんにありがとうって言わないのは、照れてるんだけだよ』

「……。そうね」

 確かに伊織の言うことももっともだ。

 自分がるいにしてあげてることが役に立っていないはずはないのだから、絶対に感謝されているはずである。

 それなのに、お礼を言わないということは照れているに違いない。

 まったく、るいの性格はなんてひねくれているのだろう。

 もっと素直になるべきだ……。

 こうして、スズのるいにお礼を言わせる作戦が始まったのだった。


 スーパーへ向かう道のりをスズとるいが歩いていた。

 今の季節は冬。

「とつぜん私の買い物についてくるだなんてどういうつもり? ただの夕飯の買い出しだよ?」

「ちょっと興味があって……」

「ふーん。ま、私はスズと2人きりでいれるなら何でもいいけど」

 機嫌がよさそうにるいは、スズの肩に腕を回した。

「……」

 スズはチャンスを絶対に見逃すまいと気を引き締める。

 るいのお出かけに付き合えば、必ずたくさんのチャンスに出会うはずだ。

 ――これだけチャンスを与えたうえで、もし一度もありがとう言わなかったら、どう叱ろうか?

 このとき言わなかったでしょ? ちゃんとお礼を言うべき、と今日の実例を挙げて叱れば、言い逃れはできまい。

 るいをこてんぱんに懲らしめることができれば、反省もするだろう。

 スズはむしろ、るいがお礼を言わないことを期待しているふうでもあった。

「ねえ、スズ……」


つづく…。

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