2023/12/27 るいと逮捕しちゃうぞ
冬の夕方の公園。
「ほら、さっさと来いって」
るいがじれったそうに手招きする。
「そんなこと言ったって、スズちゃんを1人にしとけないよ。ベンチでうとうとしてるのに……」
心配そうに伊織は背後を見る。
ベンチにスズが端っこにひとりで座っていた。
学校帰り、伊織たち3人は公園のベンチでおしゃべりしていたところだった。
るいと伊織が話に盛り上がっているうちに、スズがベンチに座ったままこっくりこっくりと船をこぎだした。
それに気づいたるいは音を殺してこっそりと立ち上がると、ベンチから少し離れて伊織を呼び出したのだった。
「用ってなに? ここじゃないとだめなの?」
「スズにはさ、危機感が足りないと思うんだよな」
「キキ感?」
「無防備ってか不用心? 人間みんないい人ってワケじゃないんだから、普段からもっと警戒して生きたほうがいいよな?」
「わたしは初めて会ったときすっごい疑われたケド……」
「でも、なんかすぐ打ち解けただろ? スズ、すぐ疑うわりには警戒とくの早いんだよ」
「それはそうかも……。それで、結局何の話?」
「ったく、察し悪いなあ。だから、危機感をあおるために、寝てるスズにイタズラしようって話」
「い、イタズラ!? どうしてそうなるの!?」
「言っとくけど、えっちなやつじゃないぞ。スズのためを思ってやるんだ。あたしの欲望を満たすためじゃないからな?」
「なんか言い訳がましくて、怪しいし……」
早口気味のるいに対して、伊織はジト目。
「で、これを使うってわけよ」
じゃらり、と鎖がこすれて音が鳴った。
るいの手の中に、2つの輪っかが銀色に光っていた。
「なんで手錠もってるのー!?」
「ドンキで見つけていいなって思って買った」
「いつもカバンに入れてるの……?」
伊織はヒキ気味に聞いた。
「んなことはどうでもいいだろ。とにかくこれで、『目覚めたら手錠をかけられてるドッキリ』をスズに仕掛けるんだよ。目ぇ覚めたら1人になってて手錠で繋がれてるなんて驚くぞ~」
るいはニヤリと笑みを浮かべる。
「起きたら手錠ってこわいよ! スズちゃんかわいそーだよ! つけるまえに起こしちゃうからね!」
伊織はプンプンと怒りながら言った。
「……そう言うと思って、さっきもう着けてきた。手錠は2つ買ったんだよ」
「ええーっ!? スズちゃ――もがっ……!」
「いいから黙ってみてろって」
伊織の大声をさえぎるよう、伊織の口をるいが手でふさいだ。
「おっ、スズが首ガクンってなった。きっと今ので起きるぞ……」
「んーーーーーっ!!」
スズが目覚めたのを離れた位置から見守る2人だった。
目覚めたスズは周りをきょろきょろと見回す。
一緒にいたはずの伊織とるいがいなくなっていることに気づいて、驚いているようだった。
手首が自由に動かない違和感に気づく。
手錠が、かけられていた。
「……」
事態に気づいても、スズは特に慌てる様子はなかった。
その場から動かず、きょろきょろしている。『?』のマークがスズの頭上に見えるようだった。
「かわいそーだよ。もういいでしょ? 戻ろうよ~。先輩はぜったい怒られると思うケド……」
「な、なんで手錠をかけられてるのに取り乱さないんだ…? 泣きだしたところを助けに行こうと思ったのに…」
「サイテーだよ!」
2人が目を離しているタイミングで、いつの間にかスズはベンチから立ち上がっていた。
「すみません、この手錠、外せませんか?」
近くをたまたま通りがかった人に、スズは話しかけにいった。
スキンヘッドに毒々しい色の柄物の派手な服を着た、見るからにガラの悪そうな男に……。
「――ひゅっ!」
一拍遅れてその事実に気づいたるいと伊織は血の気が引いた。
変な呼吸音が、2人の唇からかすれたホイッスルみたいに高い音をだした。
「「ちょ、ちょっとぉぉぉーー!?」」
慌てて2人はスズの元へ駆け寄った。
***
「イタズラはほどほどにな。やりすぎはあかんで」
スキンヘッドの男性は笑って去っていった。顔面は迫力あったが、こわい人でもないらしい。
深々と頭を下げるるいと伊織。スズは軽く会釈。
スズの手首は自由になっていた。
男の後ろ姿が完全に見えなくなってから、るいは額の汗を手の甲でぬぐった。
「ちょっとスズ、なんて人に話しかけてるの!? 助けを求めるならもうちょっと人を選んでよ!」
「どうして私が怒られるのよ。るいのせいでしょ」
スズは不服げ。
「起きたら手が動かないんだもの。誰かいたら声かけるわよ」
「警察とか、それかもっと見た目いい人そうな人にしてよ! ああういう人に助けを求めるのは、イチかバチか過ぎるよー」
スズはムッとする。
「人を見た目で判断するのはよくないわ」
「その精神はいいことだと思うんだけど、もうちょっと判断してー!」
「ごめんね、わたしも止めたんだけど、羽交い絞めにされて……」
申し訳なさそうに伊織はしゅんとする。
「いいのよ、伊織は何もわるくないわ。わるいのは全部こいつよ」
るいを横目でにらみながら、ぎゅっと抱き合うスズと伊織。
「ちぇっ、全部あたしが悪者かよ」
「そのとおりでしょ?」
突きさすようにスズが言う。るいは一瞬ひるんだが、スズに視線にあらがった。
反抗してくると思っていなかったのか、るいの視線にスズのほうがひるんだ。
「あのね、あたしはスズにもうちょっと危機感を持ってもらいたいわけ。無防備すぎるよ。こんなところで寝ちゃうなんて。悪い人に見つかったらどうするの?」
「べつに平気よ」
「平気じゃないよ! さっきだってそうだよ。手錠をつけた美少女なんて、ネギしょったカモみたいなもんだよ? さっきのおじさんが変質者だったら、お持ち帰りされてたかもしれないんだよ?」
「私だってまずいと思ったら逃げるわよ」
「だから、その判断が遅いんだって~!」
「しつこいわね。イタズラしておいて何ひらき直ってるの」
食い下がってくるるいにスズはだんだん不機嫌になってくる。眉間にしわが寄り、目がキュッと細められる。
互いに怒りを静かに燃やして見つめて合っているるいとスズを見て、伊織は仲裁を試みる。
「あのね、スズちゃん……」
「なに?」
「スズちゃんが無防備で心配っていうのは、私もちょっと分かるんだ」
「!」
伊織がるいの味方をするとは思っていなかったので、スズは意表を突かれた気分だった。
スズは伊織の次の言葉を待つ。
「スズちゃんにとっては平気でも、私とか先輩はスズちゃんみたいに心が強くないから、スズちゃんが危ない目に遭うかもって思うとドキドキしちゃうの……。大事な友達だから、自分のことみたいに心配になっちゃうんだ」
「「……!」」
スズとるいは目が覚めたように感心する。
「……そう、なのね」
「おまえ、たまにはいいこと言うなあ! もっと言えよ」
「るいは黙ってて」
「だから、その……あんまり無茶しないでほしいなって。だめカナ?」
「……」
スズは少し考えて……。
「ごめんなさい、心配かけてるとは思ってなかったわ。もう少し気をつけるわね」
「スズちゃん!」
「スズ!」
スズは伊織とガシッとハグをする。2人に加わろうとするるいをスズは手で遠くに押しのけた。
***
「あっ、写真撮るの忘れてた! スズ、もう1回だけ手錠つけて! おねがい!」
「……」
スズは冷たい視線をるいに向ける。
「手錠をつけるのは先輩だよ!」
おしまい
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