第43話 騙し合い

6ヶ月前


 京都先斗町中程から西に向かって細い路地を折れ、数件の小店舗を超えたところに


「くつろぎバー・みゆき」


は小さな白い灯りをドア横に灯してひっそりとある。


 短いが豪勢な白大理石の磨き上げられたバーカウンター、後ろの銘酒が並べられた棚には目に優しいブルーライトが輝き、清潔感あるママに似つかわしい薄卵色でまとめられた店内の天井には控えめなシャンデリアが宝石の如く煌めいている。


 アップにまとめられた髪、薄紫とレモンイエローが交差する西陣綴織の着物。それをしっかり支える四季の花が散らされた白地の袋帯とワンポイントが鮮やかな真紅に煌めく漆の帯留。


 そんな伝統美とマッチしながらもキリッと締まった眉と大きな二重の瞼が印象的なみゆきママは身持ちと口が硬い。


 カウンター突き当たりの壁にはレースクイーンやラウンドガールをしていた頃の小さな写真がコラージュされた額がひっそりとかかっている。


( 著者の一言 : ここまでの妄想だけでご飯二杯はいける。うーーっ、チクショーっ。 笑 )

 

 そんなママの性格とこの店の立地ゆえに政財界のややこしい話や芸能関係のいざこざはここで全て決着がつくという。

 カウンターの端で百々末凡とどまつぼんはマティーニのグラスを持ち上げてママに微笑む。


「みゆきちゃん、こっち来てえな、乾杯しょ」


 ウフッと微笑むとベルギービールの小瓶を持ってみゆきママがやってくる。


 「なんやそれ、珍しい指輪やな。三日月の彫りもんにルビーやて、そんなん見たことないで」


「これどすか、昔好きやった男はんからもろだんどす。あ、こんな話ししてしもて、百々末はん、かんにんして。もう遠いところに行かはったお人ですさかい。手えが届かんお人どす」


「それでもやっぱりその男が忘れられんさかい、指輪してるんやろ。ワテという相手があるのに」


「あ、妬いてはるのどすか?可愛かえらしいこと。今は、ウチ、お月さんが好きですさかい、これしてるだけ。昔のこと言うたらゾロゾロ男はんの名前は出て来ます、俳優やら歌舞伎役者やら、アイドルやら、ハハハ。ウチも昔はモテたんどす。知ってはるくせに、いややわあ」


 「そんなこと言うても気になるやろ。ワテももう直ぐ遠くに行ってしまうのに」。


「あ、火星どすやろ、ウチもついていこか?」


「店があるやろ、繁盛してるくせに」


「そんなこと言うて、火星で、またええおなご見つけはるつもりどすやろ。あのテレビとかネットに出てはる火星から来た露出度満点の、ほれ、リンジーはんみたいな」


「そんなことあらへんで。ビジネスや、ビジネス。火星はほんま儲かる話しでいっぱいや。儲けてここに帰って来たらみゆきちゃんと一緒になりたい思てるねん」


「ほな、あの女は、依子よりこはんとは手を切るゆうのどすか?」


「依子か、アイツは噛ませ犬や。公安の目を欺くために泳がせてるだけや。ええ気になっとるのは本人だけや」


「まあ、噛ませ犬やて、人聞きの悪いこと、ホンマ悪人どす、百々末はんは」


「そんなワテに惚れたんとちゃうのか、みゆきちゃんは」


「そう言うのを、言わずもがな、っていうのどすやろ、アハハハハ」

ママは指輪が光る指とあと数本を口元に当てて哄笑する。


ーーふん、バカな奴め。オトコって女の色香に酔った瞬間から理性や判断がこうも狂ってくるんだわ。百々末も所詮は弱いオトコ、今にとどめを刺してやるわーー


 みゆきは後ろの棚に置いてある数枚のCDから一枚を選びプレイヤーに差し込む。ハスキーなジャズヴォーカルが溢れだす。


「これ、ヘレン・メリルやろ、ワテがクールジャズが好きやて分かっててかけてくれてるのやな。


ホンマええ夜や。ワテのために神さんが設えてくれたようなええ夜や」


百々末はひとり悦に入っていた。


つづく







 











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