第34話 弱いものイジメは許さない
火星に生える植物に「メノキ」というのがある。多年生の植物でおよそ1メートルくらいに成長し、太い茎から枝が出て、葉がない。
代わりに風変わりな実が幾つもつく。それは拳ほどの大きさの人間によく似た目だ。メノキの「目」の実は蕾のうちは閉じていて、成長するとぱっちり開く。長い睫毛もついていて、瞬きもする。そして悲しいことや感動に接すると涙を流す。
特に赤い涙が出てきた時は国家存亡の危機である。だから皇帝は寝所にメノキの大きな鉢を付置しておくのだ。そして処女寺が炎上した直後、メノキの実から大粒の赤い涙が溢れ落ちてきた。
焦った帝は天蓋付きベッドのカーテンを大きく開けて正面に設置されているモニターをオンにした。日付は昨日夕刻となっている。
「こ、これは、処女寺ではないか。処女寺が炎上している」
側室の玉蘭がメノキの鉢に歩み寄り、根本を両手で抱えた。
「メノキよ、可哀想に、悲しいのでしょう。一体誰が、誰がこんな酷いことを」
玉蘭も俯いて貰い泣きしている。
やがてカメラがパンすると、正面にいたタヌキ達が跪き、慟哭している。寺の本尊、リンジー・ミルフォードが立ちあがり、左腕で目を押さえて震えながら泣いている。ポンポコ御前は地団駄を踏んで怒りを露わにしている。
「まさか、父上が、あの優しい父上がこんな酷いことをしたとは思えません。熊鹿肉が手に入ればタヌキ達は用無しと見做すなど、そんなことをするとは」
玉蘭は取り乱していた。
「いや、これはそなたの父上を嵌める罠ではないかと朕は思う。メノキよ、朕に教えてくれ、これは征夷大将軍、楊秀和の仕業であるか?」
メノキは大きく幹を揺らし、被りを振った。
「では、やはり、やはりあの者の仕業か」
メノキは頭を下げて肯定する。皇帝は怒りに震えながら、ベッドサイドから小さなタブレットを取って、罵るかのように低い声を絞り出した。
「宰相、
その頃、ポンポコ御前の庵
リンジーは漢服のような東ベン宮女の真っ青な正装を身に着けている。
「リンジー、まるで嫁に出す父が眼を細め、眩いと見上げるそなたの姿よ。よう似合っておる。しかし、皇帝に直訴とは思い切ったことを」
「私はこの寺の本尊。このような屈辱を受けたからには命に換えても犯人を燻り出し、皇帝に厳正な処罰を要求するのみ。寺を乗っ取ったと罪を着せられ、首を切られても後悔はありません。弱いものイジメは許さない、決して」
でもね、これで命が尽きたら、大好きな地球の功夫さんとはもう結ばれない・・・・、
こんな花嫁のような着物を着てるのに。功夫さんにこの姿、見せたい。
功夫さん、アタシを守って。
心の中でリンジーは呟いた。
つづく
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