第33話 第二咸臨丸

 大泉洋純おおいずみようじゅん首相は大勢のSPに囲まれて、選手カーの上に乗ると手摺りを掴み、マイクを手に繁華街の群衆を見渡した。


 道行くサラリーマン、主婦らしき買い物バッグを手に持った女性、学生らしき集団、高校生の二人連れ、そしてインバウンドらしきブロンドの女性は珍しげにスマホを向ける。


 進歩党の幹事長、久坂草郎くさかくさろうは微笑みながら、首相に近づき耳元で囁いた。


「こんなところで、あのことを発表するなんて誰も思ってない筈ですよ。今日は非難が起こったとしても、結局メディアやSNSの注目はあなたひとりに集まる筈です、 民政党の高田、アイツが家で泡を吹くのが見てみたいです、ウフフ」


 大泉は小刻みに久坂に頷き返す。この日は民政党党首の高田堅木子たかだかたきこが史上初の三十歳女性で党首に選出され、トップニュースになると踏んでいたのだ。


 「衆議院選挙の注目は民政党が独り占めよ」と議員会館のエレベーターではしゃいでいた、と第一秘書から報告を受けているだけに余計に胸が高鳴る。


 「道ゆく皆さん」


 大泉は群衆の遠くまで見渡しながら、渋谷に語りかけた。


 「いよいよ火星との交易が世界に先駆けて我が国で始まりました。今やこの渋谷にも5店舗、火星の熊鹿肉を売る店が進出しているではありませんか」


 聴衆は集まりつつあった。首相の弁舌に拍手が起こりつつある。


 「それだけではありません、もう間も無く火星で産出される美味しい果物を輸入し、皆さんの食卓で味わえることになります、例えばこれです」


 大泉は西瓜大の火星桃を両手に抱え、群衆に突き出して見せた。


 「この火星桃は糖度が日本産の水蜜桃にも匹敵する逸材、そしてひとつ買えば1週間味わえる日持ちのいい果物なのです。


 それだけではなく日本の桃を今度は火星に輸出し、火星人に食べていただく。これはWin Winの関係だ、桃だけじゃない、日本産の美味しい牛肉も・・・・」


 そう言いかけた時だった。



 SPの後ろを擦り抜けるようにして、パーカーにデニム姿の若者がふたり、選挙カーに近づき叫びはじめる。


 「大泉首相にもの申したあああい、そんなくらいの宇宙への開国で未来が築けると思うのか」


 長髪の若者はメガホンで叫び、もう一人の髪をポニーテールにまとめた男は唱和する。


 「そうだ、この国の政治家はいつも思い切ったことをしないで外国に遅れを取る、恥を知れ」


 SPが若者たちを取り押さえようとすると、彼らの仲間内と思われる屈強な男たちが前を塞ぎ、揉み合いとなる、


「今です、首相!」


 久坂は大泉の肩を掴む。大泉は大きく頷き、マイクに声を張り上げて後ろのビル群に向かって吠えた。


 「ここで発表します。日本政府は火星西ベンジャミン共和国より、円盤型大型宇宙船購入を計画しています。いずれ国会で審議に乗せるつもりです。どうしてもこの計画案が国会で通過できるよう、今度の選挙では皆さんの支持が必要です。


 これを機に、円盤の操縦が出来て、火星との交易ができる人材を発掘したい。


 我と思わん方は、我が政府の公募に基づいて応募されたし。二年後を目処に宇宙船伝習所を横浜に開所し、航海士を養成し、第二咸臨丸と名付けて火星へ出航します」


 「おお」


前にいた先程の若者たち全員が絶叫した。


「せんせーーーーえええい」


 絶叫しながら先程の長髪男が選挙カーに手を差し伸べる。


 「ワシの名前は坂本金太郎です、センセイの計画に応募するぜよ。この仲岡も一緒じゃ、日本を変えましょう!」


 ふたりがガッチリ握手するとマスコミのフラッシュが一斉に焚かれ、ボイスレコーダーとスマホが宙を舞った。



 民政党党首、高田堅木子の自宅リビング


「パパーーーああっ、た、大変。 お、ママがテレビ見てたらカニさんみたいに泡を吹いて倒れてるの、お母さん、お母さん、しっかりして」


「マユカ、お父さんがきゅ、救急車、救急車に電話するよ!」


つづく





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