第25話 タイタン星人と火星の小芋における陰謀的関係

 京都東山の南禅寺に隠れるように、その禅寺は周囲を覆われた深い森の中にある。百々末凡とどまつぼんは和尚の住む庫裡から少し離れた奥にかつて寺男が起居していたという平屋の庵に住んでいる。と言っても彼自身寺男と名乗り、定時になると鐘をついたり、門前を掃き清めたりしているのだ。


 百々末と和尚との関係について深いことは誰も知らないし、いつからその禅寺にいるのかも謎である。しかし、政財界のフィクサーと繋がり、寺に多額の布施をすることによってその離れのような庵を今風に改造しても誰も口を挟まない。 


 大きな窓のカーテンを開け放ち、森から注ぐ陽光と鳥の囀りを楽しみながら、今朝も百々末はコーヒー豆をミルで挽いている。


「殿下、今日のはコスタリカですわ。クセがのうて美味しおます。もうちいーっと待ってておくれやす」


 振り向くと宇宙服を着たままのポッポコプリン殿下は、百々末自慢のアナログステレオセットのスピーカから流れてくるクールジャズ名盤レコードの快音に酔っている。


「デイブ・ブルーベック・カルテット。アルトはわての好きなポール・デズモンドや。黒人ジャズのスピリチュアルな深い響きとはまた一味違う白人のクールなカッレジ・ジャズでおます。やっぱり朝の目覚めはこういうので行ったほうが気持ちよいでっさかいなあ。地球にはホンマ、ええ音楽ありまっしゃろ」


 出来てきたコーヒーを啜りながら、もう一杯を殿下のためにソファの前にあるマホガニーのテーブルに置く。


「ところで、殿下。タイタン星には音楽ってありますのか?」

「もちろん、ありますよ」

 

今日も翻訳機を通して宇宙服から外へ高音が響く。。


「全部テレパシーで伝えるのです。だから機械もなにも要らない」

「ホンマ、タイタン星って文明進んでますのやな。火星以上や」


 「なんせ、タイタンは環境が厳しいので、生き抜くために我々は文明を高度化せねばならなかったのです。地表の温度は零下180度。大気は窒素とメタン、エタン。海や川は水ではなくてメタンが流れ、メタンの雨が降り注ぐ。


 地下は氷で覆われ、その下に炭化水素化合物で出来た地層があり、その下に暖かい水が流れている。そして地層と地下水の間に出来た空間に我々は暮らしているのです。そこには水素や酸素、そして真水もある。しかし大気の組成成分が他惑星と余りにも違うため、こういう服を着ないと他の惑星へは行けないのです。


 我々は、火星との貿易を通じて、火星産小芋の美味に取り憑かれた。そしてその引き換えとして銀河系で採掘したダークマターを東ベンジャミン共和国に売り、多額の利益を上げています。


 東ベンジャミンの宰相、李安徳氏は先端科学兵器を作るために、それを大口で購入してくれる。そこであなたと組んで、地球の小芋を火星に売れば、利益を折半し、火星からあなたと私に莫大な利益がもたらされるというわけだ。


 そしてあなたが目論んでいるデジタル仮想国家の成立にも資するというわけですよ。そしてあなたの仮想国家が発行する仮想通貨は日本の徴税をスルーして、全部国立タイタン銀行に極秘に預金されるってわけだ。これほどのwin-winはないでしょう」


「ほんに、よろしおすなあ」

百々末は微笑みながら、コーヒーとジャズで体を揺らすように頷いた。


つづく












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