第23話 小芋の炊いたん その1

 京都 祇園の路地裏にある「おりょうり ふくま」は創業百年を誇る老舗である。しかしこの都ではその位の年月を経た店舗はまだまだ老舗と呼んでもらえない。それは世間のガイドブックによる批評である。

 

 しかしながら漆喰の壁、道路に面した犬矢来、屋根に掲げられた魔除けの鍾馗二体が京町家を表象していることは確かだ。この店の主菜はズバリ、


「小芋さん」


敬称は食べ物を粗末にしない配慮だ。


 そして背の高い燻んだ眼をした男は玄関の土間に漂う匂いを嗅ぎ、おくどさん、と呼ばれる古い窯跡を懐かしげに見ている。左手に高さ1m程の大きなジェラルミンのスーツケースを手に持ち、運んできた。


 百々末凡とどまつぼんはこの京都にあるとある禅寺で寺男を自称する謎の人物である。ある好事家達が読む小規模の定期刊行物によると、電子政府を日本に樹立しようと画策している陰謀家と噂が立てられている。


「百々末はん、ようお越しどすなあ、外は暑かったどすやろ」

「ああ、依子よりこさん、また来てしもたわ」


 「今日は料理長がおりますので、何でもきいておくれやす。大きいスーツケースやこと。そのキャスターだけ拭きますさかい、さ、さ、おあがりやす」


 そういうと、小さな雑巾を絞ってキャスターを器用に拭き、それを持ち上げて畳に擦らないよう運びながら着いてくる。


「依子さん、私が持つさかい、ムリせんときって。重たい重たいやろ」


「こんなん、慣れとります。なんせ小芋さんがぎょおさん箱になって来ますよって、あはは」


 浅葱色の着物が引き立って見える。「鰻の寝床」と称される大きな町家は元々、西陣の帯を扱う老舗だった。しかし、洋装の浸透につれ店を維持できず、この店が買い取ったものだ。廊下を進んで行くと、まず一段と天井が高くなった大広間があり、正面にF50号はあろうかという円相が描かれたパネルが掛けられている、


「これは、きっとあれや。具体美術の吉原次良よしはらじろうの抽象画ですやろ」

「流石、百々末はん。お目が高い。ここのオーナーが美術が好きで競り落として来はったもんでおます」


「ほお、こっちの廊下壁は、あれや。カンディンスキー、小さいながらも綺麗やなあ、何億ってするもんやのに」

「それはここで商売してた帯屋はんが買わはったもんどす」

「ほお」


坪庭を愛でながら、小さな座敷に通される。典型的な数寄屋造りで、床の間には季節らしい朝顔が生けられ、これまた墨色鮮やかな円相の茶軸が掛かっている。


「これは仙厓やろ、なんぼあるねんな、上等が」

「ウチらはこういうので評価されますさかいなあ、都の雀はうるさいよってに」


スーツケースを下ろしながら、依子は口元を隠して笑う。


「あ、お料理をお出しする前に料理長呼んできますさかい」


そういうと、小走りに厨房へ行き、間も無く清潔そうにパリッとした割烹着を着た初老の料理長がやって来て、ガラス障子手前に控えた。


「こっちにお入りください、今日のゲストをお目にかけますよってに」


百々末はそういうと、手招きをして料理長を呼び、立ち上がってケースのロックを跳ね上げて扉を開けた。


 宇宙服を来た60cm程の身長の生き物が歩いて出てくる。宇宙服の中から覗く顔は真っ白で、体も真っ白だ。大きな黒豆のような二つの瞳。猫のような焦茶の小さな鼻、その下に真綿を押し込んだときにできる膨らみと貫入を思わせる小さな口。


ゆっくりと周囲を見回すと、その口が開き、まるで笛を吹くような高音の音声が聞こえて来た。


「ポッポピポピッコロポポオオオオオ、ポッポ、パッパラパラパラ、

 ポッポポロポロ、ピッコロピッコロ、ポココパッパラアアアア」


「ほう、喜んではるわ。幸せやて、いきててよかったって、言うたはるで」


そういうと、笑顔の百々末はネクタイを緩める。


可愛かえらしいぼんやなあ。気さくなぼんやこと。ぼんちゃん、おいくつどすか?」依子が笑顔で聞く。


「今年で850歳になります」百々末が答えた。


つづく






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