第22話 功夫の恋
1ヶ月後 東京六本木
(株)MARS BURGER 本社オフィス
エレベータのドアが開くと、リンジーは新しい品種で小ぶりの火星桃を7、8個を小さな箱に入れ、両腕に構えて運んできた。オフィスPC用ケーブルをカバーしている床の突起に躓いて、リンジーは前のめりに倒れ、鮮やかなオレンジ色の桃が周囲に転がった。
功夫が走ってやって来た。
「大丈夫ですか?」
俯くとリンジーを覗き込む。
「ああ、大丈夫です。ちょっと膝を打っただけ」
功夫は転がった桃を素早く集めて箱に入れる。
「これは私が運んでいきましょう、サンプルですよね」
頷くリンジー。転がった白サンダルをリンジーの手元に寄せると、姿勢を低くした功夫を見つめるリンジー。
「あ、け、怪我ないっすか?」
「はい、大丈夫、ありがとうございます」
真っ赤なミニに白いサンダル、今日は黒ボーダー柄のシャツ。少し巻いたセミロング、キャンディピンクのリップが艶かしくて、鼻にかかった声が・・・
「カワイイ」
「めっちゃ・・・・カワイイ」
大学以来、久々のトキメク恋だった。桃の箱を最寄りの机に運び、社員に手短に説明した後、ひと段落仕事が終わった功夫は思い切って誘った。
「この先に美味しいカフェありますけど、行きません?火星の事情も色々ききたいんで」
「いいですよ、でも・・・」
「あ、アタシ役員なんで都合はつくんですよ。あと貴女は有名人だから、人が寄って来たらなんとかしますよ」
サニーに続き、リンジーも男性週刊誌で取り上げられてサニーよりも際どいグラビアやインタビュー記事が出続けている。
「ノゾかれちゃったお風呂、リンジーの復讐」
「火星は恋も遊びも大胆、みんな来て」
「何が処女寺?ーお寺に連れ込みオトコとエッチ、リンジーの告白」
今週も動画付きのグラビア特集雑誌が発売されている。
大きな窓際の席に向かい合って座ったふたりは暖かいラージのソイラテで落ち着き、視線を交わして話せるようになった。
「で、今、処女寺、留守にして大丈夫っすか?」
「あ、アタシ、タヌキの元締めポンポコ御前よく知ってるんで、そのおタヌキ様が家来をたくさん連れて守ってくれてるの」
「それはいいですね」
「でもね、最近入って来た情報では、どうも東の軍隊が近くに駐留してるとかで緊張状態みたいなんですよ」
「え、ひとつ聞きたいんですけど、リンジーさんってどうやって情報入れてるんですか」
「あ、簡単よ」
そういうとリンジーは髪を掻き上げて左耳を突き出した。功夫はもうそれだけで心臓がバクバク音を立てている。
「この奥に小さな赤いパッチが貼ってあるの分かる?これで全部入ってくるの。目のなかに動画とか画像がいっぱい。ウエアラブル端末よ。切りたい時は、この下のピアスのここをこう押して」
甘い香水の匂いが鼻をつく。
「あ、は、はい」
功夫が赤面するのを見て、リンジーは笑う。
「サニーも言ってたけど、ホントに地球人ってシャイなのね。でもさ、功夫さんってとっても優しいのね。さっきはありがとう」
改めて頭をペコリと下げるリンジーに益々赤面する功夫。
「でもさ、地球じゃこれが必要って、ここの政府がリースして私、このスマホ設定してもらったの。首相からもメッセージ来るのよ、でもさ、こういうのって火星じゃ百年くらい前使ってた機械なのよね」
「へえ。やっぱ火星って進んでるんだ」
メールとメッセージを交換して功夫はリンジーと別れた。
夜8寺、鯖山ヒルズ70階、
博士屋太郎の食卓。
「おーい、功夫、何をさっきからボーッとしてんだよ、オレにビールだって」
「あ、と、父さん、ごめん」
「おかしな子だねえ、なんか商売で心配事あるのかい、目が虚ろだよ」
「なんでもねえよ、母さん、オ、オレ、ちょっとひとりになってくらあ」
ベッドに仰向けになる。締め付けられるような胸の熱さと鼓動に天井を見つめるとリンジーのちょっと悪戯っぽい笑顔が大きなスクリーンの映像が如く浮かび上がる。
「オレ、火星人に恋なんて、アリかよ」
つづく
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