第21話 皇帝の激怒

 「ええい、なんとしたことじゃ」


 東ベンジャミンの都、太安の中心に座するのは巨大で豪華な太和殿である。皇帝が儀式を行うこの宮殿の玉座には、太宗火星帝が眉を顰めて鎮座している。冕冠べんかんという前に垂れ下がた飾りをつけた冠を被り、黄袍こうほうという高貴な黄色の朝服を着ているところは中国の漢服そっくりである。


 前方には皮弁冠ひべんかんという冠を被り、赤の朝服に身を包んだ朝臣が両側に座して威儀を正している。正一品、左僕射さぼくやという宰相の官位に就き、一番皇帝の側に座っている長い顎鬚の吊り上がった眼をした男が宮中で権力を貪る中書省の李安徳リアンダである。


 「御一堂、この暴挙は朝廷に対する謀反としか言えません。今、あの処女寺に巣食う悪女とタヌキ供は全部地球に居るはず。飛行船で地球に運んだ熊鹿肉は半分にも満たない量。直ちに広原州クアンユエンチョウ第6師団の楊秀和ヤンシュウハ将軍に命じて、処女寺を占拠するつもりでおります」


「しかし宰相、東が独断で進軍すれば西ベン陸軍が攻めては来ませんか、そうなるとまた内乱になるやもしれないですよ」


 そう反論したのは李と対立する男、対面に座する右僕射の張建徳チャンジエンダだ。


 「もう少し冷静に考えようか」


 皇帝は顎鬚を撫でながら一堂を見渡す。


 「何を優柔不断なことを仰っているのですか!これは畏くも天を司る皇帝への叛逆でございますぞ、しっかりなさいませ」


 李が吊り上がった眼を余計に吊り上げて反論する。


 「無礼者、畏れ多くも皇帝に対しなんたる口のききたかか。場所をわきまえよ」


 後ろから曲裾きょくきょという彩色鮮やかな絹の長衣を床に滑らせながら進み出て来たのは、玉蘭妃ユイランフェイ、皇帝の寵愛を一身に受ける側室である。


 「あなた様は、楊将軍の娘で側室の身、このような御発言こそ無礼というもの。武官の娘はやはり、このように無骨なものかのう。しかも我が娘、正室の斉麗妃ジーリーフェイを蔑ろにしてここに出てこられるとは、大した度胸ですなあ」


 「何を申すか、無礼な、左僕射、控えよ」


 玉蘭は一喝する。


 「双方とも止めよ、朝議を掻き回すこのような行いは懲罰に値するぞ。朕は天子であり、朕が決める。まず、西ベン大統領ペリーと遠隔会談した上で、治安保持のため第6師団を処女寺の近辺に野営させることとする。


 処女寺では最近良くない噂ばかりが横行しておる。留守の間に他のタヌキどもが寺を占拠しているとか、余りの熊鹿乱獲に民が怒っておるとか、タヌキ供が寺のご本尊に無礼を働くとか、乱世、下剋上の極みじゃ。


 それを探るための出陣である。様子がおかしければ楊将軍に命じて攻撃させればいい。その段取りは大統領と今夜打ち合わせることとする。以上じゃ」


「さすが陛下、御心のままに」


玉蘭は笑顔で応じた。


つづく

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