第20話  ポンポコ御前の憂慮ー火星兵器の開発競争

火星 オリンポス山、中腹下部 

ポンポコ御前の庵


「ポン吉や、もう腹鼓は打って来たか?」


 囲炉裏の前で綿入れを纏った年寄りのタヌキが振り向くと、座敷の入り口に小柄なタヌキが控えている。


「へえ、師匠、今、外で打って参りました」

「では中へ入れ、外は寒かろう。ほら囲炉裏で焼いた栗じゃ。お食べなさい。熱い茶も淹れてやろう」


 小柄な弟子のポン吉は震えながら囲炉裏に近づき手をかざす。


「あったけえ、お師匠様、お茶をありがとうございます」


ポン吉は美味そうに茶を啜ると、栗を剥き、むしゃむしゃ食べている。


「ああ、今年の栗は甘いですねえ、コリャご馳走だ、ありがてえ」


「そうやって喜んでおるお前は狸道たぬどうに従う見上げたタヌキじゃ。近頃はもうタヌキの掟も何もあったものではない」


ポンポコ御前はクビを横に振る。


 「特にあの処女寺とかいうロクでもねえ寺に巣食う七兄弟よ。アイツらリンジーっていう男狂いの女を、聖処女様、ご本尊様なんて祀りあげておいて、したい放題よ」

「と言いますと」


「ああ、その女の着替えや風呂を覗いて動画を撮ったり、それを控えの間で見てはしゃいでおる。天罰を与えねばのう」


「それは極悪非道ですね」


「その上、熊鹿を乱獲して冷凍保存し、地球に売る気よ」


「全く嘆かわしい、来年の狸族たぬぞく集めで破門致しましょう」


「そうじゃ、考えておるわ。ワシの慈悲に甘えてつけあがりくさって」


「しかしあのリンジーという女、あれは色気だけでなく中々の出来じゃ。根性が座っておる」

「ほお」

「可哀想に、父親はあのタルシスの戦いで戦死し、高地で遺体が見つからず、行方知れずじゃ。ワシはのう、この間歩いておってこの火星が描かれたペンダントを拾うたのじゃ、ホラ裏にリンジー・ミルフォードへ、父より、と書かれておるじゃろう。こいつをリンジーに渡してやりたいと考えておるわ」


御前は囲炉裏の火でシルバーに煌めくペンダントを持ち上げる。


「流石お師匠様、ご慈悲が深いですなあ」

「うむ」


 体が温まって来たところで、後ろの木戸がガラリと開き、登山服を着た背の高い男性が入って来た。


「おやおや帰って来られたか、サンデル博士」


「はい、このオリンポス山、標高27000mといいますが、この中腹下部では良質の花崗岩が採れるのですね。サンプルに大学へ持って帰ろうと思いまして」


「このサンデル博士はな、西ベン大理学部で超人気の先生でな」


「いいえ、超人気なんて」


「でも先生は最近の西と東の軍拡競争を憂慮しておられるのじゃ。あのタルシスの戦いも酷いものじゃったからのう」


「そうですね、特に西の量子兵器と東のダークマター兵器ですね」


「へえ、それってどんなものなんです?」


ポン吉は眼を丸くする。


「量子兵器は量子コンピュータで誘導されるミサイルなんです。量子もつれとかデコヒーレンスとかいう誘導される軌道の重ね合わせにより超音速で飛ぶので、一機のミサイルが突然二機に分割したりして、弾道の予想がつかない。


 それに対して、東が開発しているダークマター兵器はもっと恐ろしい。通常の物質は宇宙空間で重力の法則により引き合う。しかし宇宙空間が全部引き合って潰れてしまわないのは、ダークマターという全てを拡散する力を持った恐ろしい物質があるからです。


 それを凝縮して兵器に仕立て、爆破させると一瞬のうちに大規模の空間が弾けとぶ。核兵器の次世代型と言われて久しいのです。


 東はそれをまだ使用していないが、地下実験をしているらしい。時々地質学では理解できない地震が発生しているのはそのせいかと」


「そんな物質をどこから手に入れるんじゃな?」


ポンポコ御前は身を乗り出した。


「土星にある第4の惑星、タイタンには地底に真っ白で小さなタイタン星人が住んでいる、彼らは厳しい環境の中、高度な文明を發達させたのです。そして火星に育つ小芋を欲しがって、その取引にダークマターを売っている」


「何でまた、小芋なんですか?」こんどはポン吉がきく。


「アイツらの好物、小芋の炊いたん、を食べたいためです」


つづく

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