第17話 私が守ってあげる
円盤は太陽系GPSの情報の元、生成AIが自動で日本の横浜まで彼らを連れて行くのだ。赤茶けたタルシス高地が円盤の光源に照らされて遠ざかってゆくのを、リンジーは凝視していた。
かつて東ベンの傭兵として戦い、そしてこの地で命尽きた父。その遺体は行方知れず、彼女にとって形見となるべき火星を模したペンダントも行方不明のままだ。
東ベンの傭兵となったが故に着せられた「裏切り者」の汚名。そして母もまた誹謗中傷に晒され、リンジーを捨てて酒と男に溺れて行方知れずとなった。
貧困から逃れるために勇敢な父が取った選択が高額の報酬を期待できる傭兵だったのに、全てが狂っていった。
戦争孤児施設で育った彼女は頭脳優秀で機転が効き、抜群の運動能力に恵まれていた。推薦で公立高校に入学した彼女は優秀だったが故に奨学金を得て、誹謗中傷に耐えながらも積極的に何でもトライした。チアリーダーのトライアウトに合格し、サニー・ウエスティンという活発な女子生徒に巡り合い、親友となる。火星から地球に行った代表のひとりだ。
「私を認めてくれたサニーに会いたい」
それがリンジーの願いだった。そのために地球へ行く。
「彼女にとって障害になることは許さない」
そう心に決めていた。
「たとえ東ベンの意図を挫き、タヌキ軍団を裏切ることになっても」
名目上、熊鹿バーガーの販売促進に繋がるよう、サニーの制服と対抗するために彼女が選んだのは、ヘソ出し白のハーフキャミと上に羽織る黒の熊鹿革ジャケット、下は真っ赤なミニスカと黒のロングブーツだった。大人のセクシーさを演出してサニーに対抗する名目だった。
窓の外を俯いて眺めていたリンジーはスカートの短さを気にしていた。タヌキ軍団が脚とスカート内部を覗くかもしれない、という危惧、それは彼らの改心を試す仕掛けも含まれていた。
スカートの中が黒のTバックなのは余計にタヌキ供を・・・・。
しかし、リンジーが振り返った時、タヌキ軍団は7名とも彼女を注視してはいなかった。9歳の6男、ポンチンポと6歳の末っ子、ポコチンポがタブレットでゲームに興じているのは自然だ。
しかし5男まではもう第二次性徴に達している筈なのに、誰ひとり彼女を注視せず、窓の外を茫然と見たり、俯いて押し黙っている。地球へ行くという高揚感も伝わってこないのだ。
「あれ?」
声を高くしてリンジーは改めて俯いているポンタに尋ねた。
「いつもならはしゃぐアンタたちにしては大人しいんじゃない? 地球行くのよ。アタシの服装に関しても言及がないのね。いつもなら、もろドギツイこと言うくせに。おパンツ見えそうっ、とかさ。おパンツの色当てましょうか、黒、黒だな、とかさ」
ポンタもポンツも下を向いて小さく頷くだけだ。
「てか、そんだけ改心したってことかな。それにしてもさあ、ポンタ。地球行きたいんでしょ」
「はい」
「はしゃがないの?」
「そんな気分では」
「ご本尊様、実は先週の月曜日、あの・・・」
今度はポンチが口を開く。
「小林医院へ行ったよね、診療費はアタシ持ちにしたのに、報告はまだないけどさ」
「あの、こ、小林先生が、も、もう生殖能力なくなったって」
「ええ?」
「もう、もう、ポントを除く我々四人はぜ、ぜ、ぜ、前立腺回復不能って」
ポンチは前足で眼を押さえて震えている。
「オレの幼い時小便してたらさ、爺いちゃんが、その道具は大きくなったら、もっとエエことに使えるって、大事にしとけよ、って言ってたのに」
ポンチは涙を手で抑える。
「ポ、ポントはどうなの?」
「オレは心因性の勃起不全って。ずっとご本尊様にムラムラ来てたのですが、もう恐怖感でダメになっちゃって」
「えー、でもさ、野原にいるメスタヌキはどうなの?」
「あいつら見ても、も、もう全然勃たなくって」
今度はポントが泣き始める。
「ごめんなさい、オレたちが悪いんです。ご本尊様は、な、何も悪くねえ、オレたちが、あ、あの夜風呂ノゾキなんかやったせいで、こ、こんなことに」
全員がリンジーの周りで号泣し始めた。末っ子二人も事情はわからずにもらい泣きしている。
「お前ら」
リンジーは全員に近づくよう手招きをした。そして跪くと、まずポンタを優しくきつくハグして耳元で囁いた。
「もう、いいからさ。アタシの胸、触ってみたかったんだろ。ほら、こうやって順番にくっつけよ」
ポンタの頭はリンジーの2つの豊満な膨らみの中に埋没した。くぐもった泣き声を聴きながら、リンジーは優しくポンタの硬い毛で覆われた頭を撫でた。
「ごめんなさい、ポンタ、そしてみんな。アタシがさ、あの寺であんたたちをずーっと世話してやるよ、だからさ、アタシのお願いだけは地球できいてくれる?いいよね」
つづく
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