第12話 MARS BURGER 1号店

五菱PFJ銀行 新宿支店

支店長室


「では、まず手付けとして20億、ご融資しますが、それでいいですか?」


五菱PFJ銀行新宿支店 支店長の蛯原遁三郎えびはらとんざぶろうは右手の指二本を突き出して言った。

「に、に、にじゅ、にじゅ、うううお、お、おくうっ」


太郎は泡を吹きながら目を剥いて震えている。


「アンタ、しっかりしなよ、ここが男一世一代の大勝負だろーが」


久々に和服姿の絹代は後ろから太郎の体を揺さぶっている。


「何かご不満でもおありですか?」


蛯原は満面の笑顔をソファーの向こうから太郎に近づけた。


「い、い、いええ、ひいいいっ、に、にじゅおくってほんとな、な、な、なんんでご、ございま、ま、ますっかか、かっ、かっ、カカシ、一寸ボーシ」


「すみません、人はいいんですがこの通り小心者なんで。今までずーっと街の片隅でちっぽけな八百屋やってたもんで。アンタ、いいんだろ、開業資金にそれだけもらえたら、もう十分過ぎだろ」


「ありがてえ、こんな粗末な八百屋のオレにそんなみたことないお金を頂けるなんて、もういつ極楽浄土行ってもいいくらいでございます」

「何言ってんだよお、商売はこれからだろーってにあの世行って、どーすんだ、このトンマ」


「熊鹿肉バーガーと火星桃の人気がこれほどとは当行も予想外でしたよ。開業されたら今後のフランチャイズ展開も考えると、個人事業主よりとりあえず法人化した方が信用的にもいいでしょう。そうなると社屋や事務員も置かなくてはね。


 青色申告や確定申告のお手伝いは、当行が責任を持って優秀なコンサルを紹介します。あと、渋谷南口に3ヶ月後できる総合商業施設、鯖山ヒルズ一階正面に第一号店を開業できるよう向こうを指導していると、政府高官からもお伺いしております。


 こちらの方は年齢層がやや高く、確実な収入源がある顧客向けのやや高級嗜好店舗ですね。鯖山ヒルズの一階正面店舗ともなりますと、保証金、敷金、礼金、賃貸料も相当取られますのでね。あと、内装設備費、調理器具、宣伝広告費など含めると数千万円かと。


 それに今カスタマーの中心となっている十代、二十代の若年層に対しては、カジュアルな店舗を渋谷に展開し、当面はキッチンカーをリースして営業していただくことになるかと。渋谷中心に学校の放課後ターゲットにして販売すれば話題沸騰ですよ。


 サニーさんとも契約して、販売促進のイベントを渋谷の歩行者天国で某日行うことで調整中です。なあに、火星との友好親善は、今や日本の国策となっていますので当日は警察庁の許可の元、一切周辺の交通を遮断して貸切で行います。


 勿論、雑踏の整理のため警察庁の全面協力を仰ぐと首相からは伺っています。


 今お住まいの八百屋太郎ですが、顧客の来店による交通面の渋滞も考えますと、こちらのご夫婦息子さんの功夫さん共々、住居は鯖山ヒルズの最上階にある角部屋に移って頂いていいかと。70階からみえる東京の夜景は最高ですよ。


 なあに、思い出深い八百屋太郎の建物は「火星人着陸記念館」として耐震化込みでリノベーションします。そこに創業者の博士屋孫次郎さんから三代に渡る八百屋太郎の歴史を写真と動画で展示予定ですからご安心を。


 もちろん、夫婦で思い出に耽って時折お過ごしになりたい場合も考えて、二階の功夫さんの部屋はそのままにしておきますのでご自由にお使いください。


 あと、お隣に着陸された火星人様の飛行船保守も兼ねて開閉式の屋根を持った巨大なドームを政府予算のもと建設しますとの伝言です。もちろん、周辺住民の日照権が保障されるよう、建蔽率や高さも交えて自治会や区役所とも調整済みです。以上ですが、何かご質問がおありですか?」


「お、お、ありがてえ、ありがとうございますだ、銀行様。絹代、オメエ、生きててよかったなあ、おい」


 太郎は隣で困った表情の絹代の手を握り締め、下を向いて号泣し始めた。


「恥ずかしいねえ、もう。お前さん、しっかりしなよ。ちゃんとご挨拶するんだよ、このバカ」


「戦後、ウチの孫次郎爺さんが焼け跡にちっちゃな八百屋を始めてよお、オレのちっちゃい頃はまだよかったけど、スーパーやらモールやらが建って来て商売あがったりでよお、銀行も融資なんてしてくれねえし、もう何度も店畳もうって、思ってたのによお、あ、ありがってええ、おありがとうございますだ、お奉行様」


太郎は号泣しながら、いつの間にか土下座しようとしている。


「アハハ、お顔をお上げください、太郎さんもうすぐ代表取締役社長ですよ。息子さんにも奥さんにも一応取締役になって頂いて、当分の当行の指導の元、コンサル会社を動かして営業がうまく行くよう全面的にサポートします。


 あ、里見君、お茶をお出しして。緊張なさっておられると思いますので、私はこれにて退座させていただきます。ゆっくりお茶でもお召し上がりながら、契約書に署名と捺印をお願いします」


蛯原はそう言い残すと、颯爽と立ち上がって去っていった。


「失礼します」


先程の里見という女子行員が緑茶と和菓子を運んできた。


飲みながら漸く手を震わせながら捺印する太郎。


「オレ、横文字は読めねえんっすけど、店の名前って、何ですかい?」


「MARS BURGER (マースバーガー)1号店ですね」


里見は笑顔で答えた。


つづく


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