第3話 博士と火星の桃
「あ、ここ共通ベン、通じますよね。いやね、こちらの言語、日本語は我々ベンジャミン共和国の共通語、共通ベンとほぼ同じって分かったので来たんですよ」
サニーの方が話し始めた。
「もうひとり、この宇宙船には以前火星へ我々がお連れした日本人を乗せて来たのです、あ、バニー、あの方をここへ」
顎で合図すると、バニーは入り口のタラップを昇って、ボウタイに黒服の白髪日本人高齢男性を先導して降りてきた。
「7年前、我々が地球のことを知ろうとして火星にお連れした
「海森です」
バニーが紹介した教授は少し微笑を浮かべて、ぺこりと一礼した。
「あ、覚えてますよ、ニュースで。確か東大の再生医療で研究しておられた時、研究室を出られて忽然と消えたという・・・」
太郎は記憶を手繰るように額に手を当てて言った。
「そうです、人気のないところで拉致されたのです」
教授は呟くように言った。
「いやね、我々も反省するべきは反省なのですが、今回博士をお返しする際には火星食物の安全性を日本の皆様に証明していただくつもりで」
「い、いや、お気持ちは分かりますよ、だって勝手に連れ出して都合のいいように利用してるっていう。でもね、我々も安心安全に通商したいのです。まず騙されたと思って火星の桃を食べてみてください」
今度は胸に手を合わせ、サニーが太郎に訴える。
バニーはプラスチックの巨大まな板に乗せた大きなバスケットボールサイズの桃を持って来た。そして空き地に放置してあったベンチを何かスプレーで洗浄して、まな板をその上に載せ、桃をカットし始めた。
「まず私が食べましょう。この火星桃の分子構造及び分析成分は地球の桃とほぼ同じです。しかも火星桃の方が甘い」
教授はそう言うと桃の大きな一片をフォークに突き刺して齧った。
「ああ、水蜜桃より糖度が高い、ささ、あなた方も是非お試しください」
勧められてまず太郎が躊躇いながらもフォークを受け取りひとくち、続いて妻の絹代もひとくち齧る。
「ホントだ、コリャいけるわ」
太郎が言うと絹代が目を開いて大きく頷く。桃の試食の間、我を忘れていた彼らが周囲を見回した時、そこは既に見物人が集まり出していた。
遠くでこちらを窺いながらも、息子の功夫が仕入れの野菜を持って来た運送業者の相手をしている。
スマホを掲げる高校生やサラリーマン、ワイヤレスマイクとセルフィー、照明器具持参で動画を撮るYouTuberらしき男、無断駐車してスマホで写真を狙う通勤者。
狭い路地はたちまちの内に事件現場になっていた。その時だった。サイレンを鳴らしたパトカーが2台、その後ろに駐車すると、警官が手帳を示しながら近づいて来た。
つづく
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