第3話そうして2人は交わった

「エウリエク! だめだ、行くな!」

「邪魔をするなシュラク!

 邪魔をすれば斬る!」


 そう叫び返すエウリエクはもはや正気を失っていた。


 エウリエクの魔法を通した剣が青く光り、俺を威嚇する。

 もはや生気など一切ない青い顔と緑に光る髪をなびかせてナターシャが蠱惑的こわくてきにエウリエクを誘う。


『そうよ、エウリエク。

 愛し合いましょう、いつものように2人だけの世界で』


「ああ、ああ……、ナターシャ。

 俺のものだ、何度も抱いた、俺たちは何度も愛し合った。

 シュラクなんかには渡さない」


 ふらふらとエウリエクは魔物と化したナターシャに近づく。

 反対に俺たちは妖しい緑の光に押し返されるようにエウリエクに近づけない。


『そうよ、注いで。

 貴方の精を。

 何度も繰り返したあの日のように』


 ナターシャはエウリエクとの日々を思い返すようにゾクリとする笑みを浮かべる。

 それはエウリエクとナターシャが互いの恋人を裏切って繰り返した日々の告白。


 だけど俺はそれでもエウリエクに手を伸ばす。


「行くな、エウリエク!!」

「だめ、シュラク!

 もう……遅い。

 遅いんだよ……」


 カワセミが感情をこらえるように俺を押し留める。

 ナターシャは魔物と化していた。

 ダンジョンの10階層。

 そこはベテランであっても死の危険のある場所。


 きっとサレドたちには焦りがあったのだろう。

 それが普段なら踏み込まない場所へ足を運ばせた。


 それともナターシャに良いところでも見せようと思ったのか。


 いずれにせよ、サレドたちは干からびた亡者となり、ナターシャも人を誘う幽体のサッキュバスの魔物となった。


 サッキュバスは生前に精を交わした相手を誘う。


 エウリエクが誘惑されたのはそういうことであるし、俺が誘われなかったのはただの偶然だ。


 ……いや、サッキュバスのナターシャからみて、エウリエクよりも優先度が下だったのか。


 ナターシャに誘われたエウリエクは緑の髪に巻かれ、恍惚とした表情でナターシャへの愛をささやく。


「ああ……、ナターシャ。

 おまえが1番、最高だ……気持ちいいよ」


 誘惑されたものであっても、彼の口から漏れ出した言葉は確かな本音だ。


 俺たちはその亡者と幽体のサッキュバスからなんとか逃げ切った。

 俺とカワセミの2人だけ。


 逃げ出した後悔か、生き延びられた安堵か、それとも別の何かか。


 俺たち2人はダンジョンの入り口で嗚咽混おえつまじりに2人で泣いた。


 ダンジョンの警備兵が駆け寄ってきたので、サレドたちと大切だった幼馴染の死を報告し、俺たちは4人で借りた家に帰る。


 2人では広すぎる家に。


 帰り着くとカワセミは言った。

「……これから娼館に行くの?」


 冒険の後は血がたぎる。

 それを鎮めに行くのと同時に生きて帰れた喜びを実感しに行くのだ。


 ……それは男でも女でも変わらない。


「私も温もりが欲しいから、娼婦ではなく代わりに私を抱いて欲しい」

「良いのか?」

 そう言いながら、すでに俺はカワセミを抱きしめて、彼女が頷く前に深く唇を奪う。


 カワセミも抗うことなく、むしろそれをさらに求めて混じり合うように粘膜を混ぜ合わせる。


 そうして俺たちは2人だけの広い孤独な海で、溺れるように絡み合ってしまった。

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