第34話(34)第二回ガーデン・パーティ~ヒロインの奇行~

 毎年この収穫月の始まりに催されるパーティーは、冬の社交シーズンまで領地へ帰り管理を行う貴族や、社交界に出入りを許された地主達や商人たちを招いて行う。

 夜会にすると支出の桁が違ってしまうので、酒類を出さない昼間のガーデン・パーティーを主にしている。

 これならば社交界にデビュー間近の令嬢令息も出席できる利点もある。


 1回に30組ほどの招待に留めている。


 最初のガーデン・パーティーでは稀人の娘4人を招き、事情を知っている上位貴族を入れて、他に顔の広い社交好きの貴族達を招いた。彼らは"噂鳥"の役目をはたしてくれるだろう。

 この時期にそれぞれの家で行う、領地に戻る前のお茶会やパーティーで噂をバラ撒いてくれることを意図して選んだ。


 稀人達を招かないガーデン・パーティーをいくつか間に入れて、2回目と3回目を行った。


 2回目はアカリ、ホノカ、サヤカ。

 わたくしの"悪役令嬢"ぶりはすでに何度かの面会で、娘達がが勝手にその非道さを感じてそう思いこんでいるので、3人の対応は基本的にリスベットとアリシアとコンスタシアに任せた。

 ただし、アカリとホノカとサヤカはザイディーや"逆ハー"狙いなので、わたくしにも仕掛けるに違いない。


 今日はリスベットは生成りの地にレースを飾ったドレスで、襟元の深紅の花の刺繍は手ずから刺したものだ。

 アリシアは少し長めのトレーンのある赤みがかった淡い青のドレス。裾に白い渦巻き模様が刺繍されている。

 コンスタシアは白い薄地の生地に淡紅色の紗を重ねたふんわりしたドレスで、髪に淡紅色の布花を飾っている。


 アカリは無作法な娘だった。最初こそおとなし気に振舞ったが、すぐに話し方も所作もぞんざいで品が悪いものになった。

 今日のドレスはやはり光沢のある濃い紫で、仕立て屋にはもっと襟を開けろとか袖を短くしろとかの無茶を言った。

 ギリギリまで要望を飲んだドレスは、やや下品な印象だ。

 袖は肘の上で絞られそこから幅広のレースが垂れている。胸元も強調するように鎖骨が見える開き方で、深紅の大きな花飾りがつけられている。

 スカートは細身で歩きにくそうだ。


 ホノカは青い髪の娘で、何度見てもぎょっとしてしまう。

 彼女の新調したドレスも仕立て屋泣かせで、また黄色と黒の組み合わせを選んだという。

 黄色と黒の組み合わせでわたくしは、海を渡った南のシンデアナ帝国にいるという大きな猛獣を思い出した。

 光沢のある黄色の生地に襟と袖口と裾が黒、光沢のある黒…

 青い髪に黄色と黒。目がチカチカしそう。

 ふわっとしたスカートは動くたびにゆらゆら揺れた。


 サヤカはピンクの髪のあの娘だ。

 わたくしはなるべく似た娘をまとめておきたかったのだが、今になって少し後悔している。

 違和感がものすごいのだ。それにサヤカは奇行と妄言がひどいのだ。

 サヤカが選んだドレスはやはりピンク。大きなリボンが胸元を飾り、ウェストに結んだサッシュも共布のピンクで後ろで大きな蝶結びにしている。スカートはふわっと広がり裾が三段のフリルになっている。


 また走り寄られたらめんどうなので、挨拶後わたくし達から近づくことに打ち合わせをしており、それまでは侍女と護衛騎士が止めてくれている。


 3人はまとめて留められている。


 わたくしとザイディー、リスベットとエグゼル、アリシアとエリック、コンスタシアとガイは揃って3人の元へ向かう。


「ご機嫌いかがかしら?アカリ嬢、ホノカ嬢、サヤカ嬢」

 わたくしは扇で唇を少し隠し、しかし笑っているのが見えるようにしつつ、顎を上げて3人を見下げるように見た。

 3人の顔に一様にムッとした表情が浮かぶ。


 わたくしはリスベットとアリシアとコンスタンシア、そしてその婚約者を紹介する。


「ふわぁー、ゲームと同じ顔…」

 そう言ったのはサヤカだった。

 殿方達に見蕩れている。


「キャッ」と悲鳴を上げてアカリが倒れこんできた。よろけた振りでザイディーに抱き着こうとしたらしい。

 咄嗟にザイディーは避けてしまい、結果アカリは見事に地面に倒れこんだ。その拍子に細身のスカートの裾が派手な音を立てて大きく破れた。

「いやぁ!」

 アカリは悲鳴をあげたが、口元の笑みは隠せず、ニヤリと笑ったのが見えた。

 更に立ち上がろうとして生地が破れた方の足を動かし、太腿まで露わにした。

 わざとやったのだろうが、それは裏目に出た。

 侍女と女性護衛騎士が駆け付け、アカリの両側を固め、担ぎ上げるようにして退場させた。

 救護室にでも連れて行ってお針子達に直させるか、部屋に帰すのだろう。

 連れ去られながらアカリは大声を上げていた。

「なにすんのよ!まだザイディー様とお話しもしていないのに!」ギャーギャーギャー…


 "噂鳥"の方々の視線をあびている…

 計画通りとは言え、なぜか自分も恥ずかしい。


 すでに王都の貴族の間では「稀人は変わっている」どころか「頭がおかしい」とか「稀人召喚など神殿と女王反対派の嘘で、叛意があるのではないか」までの噂が飛び交っている。


 ホノカはポカンと口を開けザイディーを見つめている。扇に隠れて横目でザイディーを見ると、彼もわたくしを見ていた。ひどく困った表情だ。口を大きく開ける令嬢など見たことはないだろうし、見ていいものか戸惑うだろう。

「その大きく開いた口を隠すために扇があるのよ」

 わたくしはことさら意地悪な声音で言った。

 反応はない。

 アリシアが援護する。

「まあ、お育ちが悪いとお耳も悪いのかしら」

 楽し気に笑うと、ホノカはハッと身じろぎして我に返ったようだ。

 しかし、本当の意味での「我」だったらしい。


「ザイディーさま、しゅきぃ…」

 譫言のようにザイディーに愛を告げたのだ。


「ホノカ嬢、ザイディー様はシャイロ姫の婚約者ですよ!失礼にもほどがあります!」

 コンスタシアが抗議するが全く聞いていないホノカ。


 そこでリスベットが間に入り侍女と護衛に命じた。

「ホノカ嬢とサヤカ嬢は気分がお悪いようです。救護室へお連れしてください」


 両側を侍女と護衛に固められて退場する2人は、そこで目が覚めたように異論を申し立て始めた。

「イヤよ!」「もっとここにいたいの!」「ザイディー様ぁ!!」などなど大声を上げる。


「いやぁ」と言いたくなったのはわたくしの方だ。

 頭を抱えてしゃがみ込みたい。

 なぜかとっても恥ずかしいわ。

 リスベットとアリシアとコンスタシアの方を見ると、3人とも扇で顔を隠していたが、わたくしと同じようになぜか恥ずかしい気持ちになっているらしい。

 なんだろう?この気持ちは。



 ***


「"共感羞恥"って言うんですよ」

 パーティー終了後の話し合いの席でランスフィアが教えてくれた。

「他人が恥ずかしい思いをしていることを自分のことのように感じてしまうことです」

「ああ!確かにそれだわ」

 わたくし達は納得する。


 今回のパーティーでは奇行が過ぎて女王反対派が近づく前に部屋に帰されたため、目立った動きも報告もない。


 ただ女王反対派達が「あの娘達は使えない」と言い合っていたことが記録されていた。


 あと1回。


 もう憂鬱でしかない。

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