第33話(33)第一回ガーデン・パーティー~ヒロインの流儀~

 第一回目のガーデン・パーティーは陽光に恵まれた替えの穏やかな日だった。

 この時期のパーティーの開催趣旨は、収穫期の始まりを寿ぎ、これから冬の社交シーズンまで領地での仕事に向かう方々への餞の席だ。


 うち3回は"ヒロイン"達が参加するもので、招待客は女王反対派と協力してくださる貴族の方々、主に"攻略対象"の家族、そして"攻略対象"の婚約者とその家族。

 申し訳ないが、"攻略対象"の婚約者とその家族には事情を話してはいない。だからわたくし達"悪役令嬢"が、彼女達が傷つかないように守ってさしあげなくてはならない。


 今回招いた方達はザイディー以外は既婚なので、おいそれとは怯まないだろう。むしろ既婚であるが故に、娘達が纏わりついてもよほどのことがなければ醜聞にならないはずだ。

 ジウン兄上の奥方のエリス、ダイル兄上の奥方のマデリーンは事情を知っていておもしろがっている。

 サンクルード伯爵令息ジグムンドの奥方セアラは20歳でおっとりした方だが芯が強く社交上手だ。今日は淡い緑に薄紅の小花を一面に刺繍したドレスをお召になり、髪は低い位置で軽く結ってレースのリボンを巻き込んで飾っている。


 わたくし達は自分の婚約者に近づく"ヒロイン(

害虫)"を払えばいいのだ。初演ではあるが容易だろう。


 さて、"ヒロイン"達にはガーデン・パーティーにあたってドレスを新調してさしあげた。すでに2着あるが、わたくしの采配で仕立てたものなので、"ヒロイン"達の好みが反映されていないからだ。

 仕立て屋に「流行に外れても良いが常識と予算の範囲内で好きに注文を取れ」と"ヒロイン"の好みを出来得る限り反映させているはずだ。仕立て屋はデザインブックから型を選ばせ、色と飾りを決める方法をとったという。


 マイは光沢のある濃い紫の地に銀色の花蔦刺繍、襟と袖口のレースが風に揺れている。黒髪はそのまま背中に流れ、レースのリボンで押さえている。扇を握りしめて、紫の目は暗く沈み込んでいるように見える。

 現れてから何度も襟元を引っ張る仕草をしているのが妙だ。


 マリは金髪をふわふわとさせ、両サイドにピンクのリボンを飾り、ドレスもピンク。リボンとレースで飾り立てている。


 メグミは初めて会った時と比べて落ち着いた深い青の地に白いリボンを飾ったドレス。短いオーバースカートはシフォンで何枚か重ねていて腰の下がポコっと膨らんでいて、わたくしには妙に見える。

 動く時や座る時に邪魔そうだ。


 セイのドレスは最初、仕立て屋に黒を希望していたのだが、昼間のガーデン・パーティーに喪中でもないのに黒は常識外れであるので必死に説得して縁飾りを黒にすることでまとまったそうだ。仕立て屋はこっそり黒に見える濃紺にしたと報告してきた。

 地色はやや薄い黄色。黒に見える濃紺の細いバイヤス・テープで縁取りしている。襟飾りは白に濃い色の点が飛んでいるシフォン、これも黒に見える濃紺だろうか。


 開催の挨拶はわたくしだ。

 わたくしが15歳で社交界デビューしてから、父上は公的な場にほとんど出なくなった。元々社交が苦手な引っ込み思案な方なのだ。その前もジウン兄上とダイル兄上に任せていたことが多い。


「皆様、今年もめでたい収穫月を迎え、これから領地での執務でお忙しくなる前のひと時を楽しくお過ごしくだされば幸いに存じます。今日は"倹約姫シャイロ"の厳しい目をかいくぐって料理人が腕を奮った料理とお菓子をお召し上がりくださいませ」

 招待客が笑う。

「昼間なので酒蔵の鍵はわたくしが守って渡しておりませんから、メイド達が茶蔵を占拠しておいしいお茶をお淹れ致しております。また果実水もございますのでお好きな方をお持ちください」

 再び笑に満ちた会場に果実水のグラスを掲げて開催の挨拶を終わる。


 立食なので、皆自由に料理や菓子の置かれたテーブルを回りながら談笑する。メイド達は果実水や冷やしておいたお茶を乗せたトレイを持って会場を回り、お茶担当はテーブルで淹れたてのお茶を承る。このテーブルはその陰にいくつかの竈があり、常にお湯を沸かしているので見た目でそれとわかる警備がついている。もちろん、異物や薬物の混入を警戒して各テーブルや会場内にメイドや警備が目を光らせている。


 挨拶を終えたわたくしがザイディーにエスコートされて会場の中へ進み入ると、なんとマイ、マリ、メグミ、セイの全員が走り寄ってきた。そしていち早く近くに来たメグミがステンと転び、次いでセイも転んだ。

 淑女が人前で走るのも問題だが、転ぶとは…

 乙女ゲームって面白いわ。本当にこうなるのね。では次はわたくしに罪を着せるのね。期待してしまう。逆にザイディーはわたくしの手を少し強く握った。緊張しているようだ。


 セイがすぐに起き上がり「ひどいわ!シャイロ様!」と言ったので、わたくしは本気で可笑しくなってしまい扇を広げて笑いを隠した。

 次いでメグミがふるふる震えながら少し身を起こし「いたぁい…どうしてこんなことをするんですか?」と上目遣いの涙目で訴える。


 いやだ、ちょっと楽しくなってきた。


「まあ、勝手に転んでわたくしのせいになさいますの?このような場で走るなんてはしたないですわよ?それとも裾に足がもつれましたの?」

 少し顎を上に反らして見下げるようにする。

「まだお作法のお勉強が足りていないようですわね。もう部屋にお帰りになって復習してはいかが?」

 うまく「おーっほっほっほっほ」と高笑いができないので、うっすらと暗く「ふふふふ」と笑ってみせる。

 この笑い方は、リスベット達に「怖いですわ、シャイロ様」と言われたのだが。ランスフィアには「逆にイイです!」と褒められた。


「いやぁん、こわいぃ」と言ってマリがザイディーにしなだれかかる。

 わたくしは扇をたたみ、ザイディーの腕に抱き着いたマリの腕を押さえた。咄嗟にやってしまったのだ。

 ものすごく嫌だ。ザイディーに触らないで!やっぱり楽しくなんてないわ。


「マリ嬢、ザイディーはわたくしの婚約者です。無暗に触れないでくださいませ」

 マリはチロっとわたくしを見てさらに強く絡みつき、上目遣いでザイディーを見た。

「ザイディー様、シャイロ様がこわぁい」

「シャイロの言う通りだ。離れてくれ」

 ザイディーは手ひどく振りほどくのはさすがにできずにいたが、どうにか腕を抜いた。


「わたくし達、皆様にご挨拶があるのであなた方にかまっている暇はございませんの。さ、ザイディー、参りましょう」

 スッとその場から立ち去ろうとすると、ぬうっとマイが行く手を塞いだ。


 マイの目はやはり暗く沈み込んでいた。紫が黒に見えるかと思える。


「やっぱり…」

 マイが暗い声で呟くように言う。

「シャイロ様はひどい人ですね。私の夢を砕いて…」


 わたくしはゾッとした。前に見たマイはこんな暗い表情や話し方ではなかった。

 夢を砕くも何も、エドガーが27歳で既婚であったという事実を告げただけだ。


「私、諦めませんから!」

 マイは踵をを返してその場を離れていった。


 エドガーと奥方のリュシュアンのところへ行くかと、内心ハラハラしながら扇の影でマイを追う。マイはそのまま会場の端まで歩いていき、休憩所のテントのテーブルに座った。そのまま動く気配はない。


 なんとなく不気味で、わたくしは暗澹とした不安を覚える。思わずザイディーの手を強く握ってしまった。握り返されて目を上げると、「大丈夫」とザイディーが目顔で安心させてくれた。


 その後、マリ、メグミ、マイは会場のそこここで騒ぎを起こし、"悪役令嬢"リスベット、アリシア、コンスタンシアは見事に収拾の手腕を奮った。

 この方達、とっても有能だわ。

 結婚後、側近に就いてくださらないかしら?


 もちろん会場の良識ある方々は徐々に関わらないように彼女達を避けていった。

 パーティー終盤には"ヒロイン"達は孤立していった。そして思惑通りに数人の女王反対派の貴族達が、うそうそと近づいては何かを少し話し込んでは去って行った。


 パーティー終了後、"悪役令嬢"と"攻略対象"の協力者と集まり、情報を交換する。

 とは言っても、同じような騒ぎをあちこちで起こしたので、"被害者"の報告で終わったようなものだ。


 "ヒロイン"達は本当に勝手に転ぶし、飲み物をひっくり返したり食べ物を服に落としたりしては、泣いて被害を訴える。全て自作自演だ。

 そして少しずつ参加者から距離を置かれ敬遠され、パーティーから弾かれていった。


 そこに女王反対派の下層部の者が近づいて行った。魔法道具に記録された会話は、同情と支援の誘いだった。まだ大きな動きはない。


 そんな中、マイだけはずっと休憩所に座り続けた。近づく者はいなかった。

 ただ、何度も襟元を引っ張っては中を覗き込み、うっそりと笑っていたという。

 マイ達に与えた魔法道具はイヤリングに仕込んでいたが、何も異常はなかった。

 不気味で何かあることは間違いないだろう。


 "ヒロイン"の洗礼を受けたわたくし達"悪宅令嬢"は、楽しさよりも憂鬱がまさり、次のガーデン・パーティーの打ち合わせをした。

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