第32話(32)特訓とゲネラールプローベ
「この体勢、けっこう難しいわ」
「この姿勢で高笑いって、"悪役令嬢"は大変なのね」
「あら、コンスタシア様、顎はもっと上げて扇で口元をもう少し見せないといけませんわ」
「アリシア様は歌劇できたえていらっしゃるから、とても見栄えが致しますのね。ね?ランスフィア様」
わたくし達"悪役令嬢"は、意地悪や嫌がらせの打ち合わせ中だ。中でも「悪役令嬢の嘲笑」の練習に精を出していた。
正直、かなり面白がって悪ノリに近い。
それを見ているラン、今はランスフィアは少々困った笑顔で指導している。
「実際に見るとかなり面白い姿勢ですね…」
ランは少し考えこんだ後、首を傾げて提案した。
「体を反らすのはもっと控えめにしていいと思います。顎を少し上げて見下げて笑うだけで、皆様とても見栄えがしますもの」
「そうね」
わたくしもかなり不安を覚えて提案する。
「多くの貴族の方々が目にするのですもの。あまり派手にすると後々の評判が心配だわ」
「そうですね。事情をご存じとはいえ、あまりおかしなことをすると後に響きそう…」
リスベットが不安げな顔になる。
「このような"悪役令嬢"の言動は"ヒロイン"や女王反対派の前だけに留めた方が自分のためですね」
アリアシアが言うとコンンスタンシアが首を傾げて聞いた。
「どうしてですか?」
「あまり品がよろしくないですし、わたくし達の言動は後々婚家の評判に障りますもの」
最も結婚する日が近いリスベットが思慮深げに言う。
「そうですわね。お芝居とはいえ舞台とは違いますものね」
アリシアも納得する。
「とりあえず、わたくし達のなすべきことはマナーや所作に難癖をつければよろしいのよね?」
コンスタンシアが扇をたたみながら問う。
「おそらく親切に教えてさしあげれば、あちらが勝手に苛められたと思いこんで騒ぎを起こすと思います」
ランスフィアが言う。
「多分、自分から転んだり些細なことで泣いたりしてくれるでしょう」
わたくしは彼女達を見てきたからわかる。ちょっと突けば被害者ぶった態度で騒ぐだろうし、被害そのものも自作自演で行ってくれるだろう。"攻略対象"や殿方の前ならなおさらだ。
「ガーデン・パーティーなので階段はないし、噴水や池のない庭園を選んだので、あまり大事は起きないでしょう」
わたくしが言うとアリシアが不思議そうに聞いてくる。
「階段や噴水があるとなぜ大事になりますの?」
わたくしはランスフィアと視線を交わして笑いを含みながら説明した。
「"悪役令嬢"のいる場で"ヒロイン"は階段や水場があれば落ちるそうです」
ランスフィアとくすくす笑ってしまう。
「それと」
ランスフィアが補足する。
「飲み物を持って近づかない方がよろしいと思います。かけられてドレスを汚されたと言いがかりをつけられます」
他人の衣装や持ち物を損なうなど以っての外だ。
「ああ、そうね。でも自分で持っているものでやりそうよね?」
わたくしのあの娘達の印象は悪い。
これらは"悪役令嬢"がやるべきことなのだが、わたくし達は"悪役令嬢役"であるが、次期女王と高位貴族の令嬢であり、淑女なのでそのようなことはしてはならないのだ。
リスベットの言うように婚家への障りや今後の自分自身の評価に関わってくるのだ。
厳しい制限の中で、少し厳しめにマナー違反を諫めることくらいしかできない。
「わたくし達が強くやるべきことは、他の令嬢達の婚約者に親し気に近づくことを邪魔することでしょうね。他の令嬢達にやらせてはいけないわ。"悪役令嬢"としての役目を果たしましょう」
笑いを含んでわたくし達は、このような時はどう言うかどうするかを打ち合わせる。
そして当日のドレスの打ち合わせもする。
「なるべく派手なものがいいのですけど、皆様慎ましい印象です」
ランスフィアが言う。
「わたくし、一番派手なものと言うと深い緋色のドレスしか持っていませんわ」
アリシアが心配そうに言う。
「色が目立つので飾りは最小限に抑えたのですが、足した方がよろしいかしら?」
「わたくしなんか、まだ子供だからと薄紅色のドレスが一番派手です。ただフリルとリボンはたっぷりついていますけど」
コンスタンシアは不満そうに言う。
「わたくしは明るい緑のサテンかしら?光の加減で見える縞が織り出してあるの」
リスベットが考えながら言う。
「確かに"悪役令嬢"は派手な衣装を着ていましたけれど、逆に上品なドレスの方が周りには好印象を持てれて、"ヒロイン"の愚かさが際立つのではないでしょうか?」
ランスフィアが言う。本当に彼女は聡いわ。
散々話し合って決まった。
リスベットはクリームのような淡黄色のドレスにボビン・レースを襟と袖に飾り、胸元にシフォンの花を飾り、髪は2つに緩く編み両側に垂らし白い幅広のリボンで結ぶ。扇は淡い空色。
アリシアは上から下にかけて白から薄紅のグラデーションになっているドレスに、光沢のある白の幅広の襟飾りを足し、同じ布のサッシュで大きな蝶飾りを前で結ぶ。髪はサイドを結い上げレースで飾る。扇は淡紅色。
コンスタシアは薄紅色のドレスをそのまま着用し、金色の巻き毛は結わずに薄紅色の細いリボン2本で押さえ、それぞれ両側で蝶結びにする。扇は白。
わたくしシャイロは若草色の光沢のある生地で、袖と襟と裾に金色の蔦模様が刺繍されたもの。肩に淡黄色のシフォンをかける。髪はそのままで左のこめかみ辺りにレースの大き目の花を飾る。扇は淡い紫。
第一回目はこんなものだろう。
最初は4人を招くので、1人ずつつける。
マイはわたくし、マリはリスベット、メグミはアリシア、セイはコンスタシアに決まった。
大きな不安と憂鬱を、少しの笑いで誤魔化して、ガーデン・パーティのゲネプロは終わった。
ちなみに観客はニヤニヤしながら見ている"攻略対象"の方々だった。
1度も口を出さなかったことは褒められるべきだろう。
でもそのにやけ顔は忘れませんからね!
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