第35話(35)第三回ガーデン・パーティー~ヒロインの失意~
「ザイディー?」
わたくしは三回目の稀人参加のガーデン・パーティーへエスコートしてくれている婚約者に問う。
「あなた、とても素敵な方ですものね。今日も愛を告げられてしまうのかしら?」
嫉妬ではない。なにか虚無感があるのだ。
「シャイロ?どうしました?やきもち、というような感じには見えませんが」
我が婚約者は本当に有能なのだ。
「ごめんなさい」
わたくしはうなだれる。
「シャイロ?」
ザイディーは姿勢を低くしてわたくしを下から見上げる。
「わたくし…」
迷いながら言う。
「婚約者という立場や次期女王という肩書に甘えて、あなたに実を尽くすのを疎かにしていたのかもしれない…」
ザイディーはわたくしを見つめる。
「政略結婚でもわたくしはあなたがお相手で本当に幸せなのです。今ではあなた以外考えられません」
「シャイロ」
ザイディーは最近よくやるようになった片膝をつく姿勢になって言う。
「私は10年も前からあなたしか考えられません」
「10年前?」
それはわたくしが孤児院に居た頃だ。
「孤児院にいたあなたを垣間見せてもらって、あなたを好きになったのです」
初めて聞いたわ。
「あなたはたった7歳なのに他の子供の世話をして、自分のパンを分け与えていました。その姿に私は恋をしたのですよ」
思わずわたくしは笑ってしまった。
「ブカブカの古着を着た子供に?」
「あなたの瞳の輝きに。柔らかそうな髪に触れて慰めたいと思いました」
「実際に顔合わせしたのは7年前よ?あれからわたくしがどんなに強情で気性が激しいか、わかっているでしょう?」
「今ではそこも好きですよ。いつもは抑えているその気持ちは、私にだけ見せて欲しいと思っています」
わたくしとザイディーは見つめ合って微笑み合った。
「ありがとう」
そしてしゃんと姿勢を正し告げた。
「行きましょう。わたくしが生き残ってあなたと添う人生のためなら、やり抜いて見せるわ」
憂鬱と不安は小さくなり、わたくし達は会場へと進んで行った。
道すがら思い出したことがある。
わたくしが孤児院に居た頃、何度もパンやお菓子をくれた人がいた。後でそれはエイナイダ公爵とシンダール侯爵だったと知った。
そのパンやお菓子は孤児院の小さな子を優先で分けていた。
あの時の子達の喜ぶ様子が大好きで、今でも頻繁に差し入れをしている。世話役の神女達の数人から
「この子達は15歳になればここを出て自立するのですよ。お菓子などめったに食べられないかもしれません。かえって残酷かもしれませんよ」
と窘められたこともあったのだが、やめる気はない。
おいしいものを知っていて「食べたい」と思う気持ち、居心地のいい生活を知っていて「そうなりたい」と思う気持ちは、きっと頑張る力になると思うのだ。
庭園に出るとリスベット達が控えていた。
今日のリスベットは銀灰色の地に白い花を織り出した上衣から続く花びらのようなオーバースカートから、淡い青のスカートが見えるドレス。髪には銀灰色の布花が飾られている。
アリシアは栗色の髪を巻いてふんわりさせて深紅のリボンで結び、淡い橙色のドレスに白いシフォンのストールを軽くかけている。
コンスタシアは空色のドレスにレースの縁飾り、髪には共布のリボンを結んでいる。
わたくしは青緑のドレスにレースの花飾りをつけている。
"ヒロイン"達は今日も侍女と護衛によって所定の場所に留められている。
レイは紫の髪に銀の瞳。ホノカやサヤカと一緒にすべきかもと思ったが、この濃い紫の髪ならば「おかしい」とはすぐに判断できないだろうと別にした。もちろん、青、ピンク、紫と揃えることに躊躇を覚えたせいでもある。
そしてレイは今日もピンクのドレスを着ていた。まだパーティーが始まっていないにも関わらず、何かをムシャムシャ食べている。侍女に無理を言って持ってこさせたのだろう。レイは特に気性が荒く、つけた侍女数人に怪我を負わせたので、娘達の侍女には女性近衛がつくようになった発端だった。
シノブはおとなし気な見かけを装っているが、かなり粗暴な性格だ。
ジュリア・クサンク伯爵令息狙いなのだが、彼はまだ12歳でとても会わせることはできない。それを未だに信じることができず、騒いでいる。そして元の世界へ戻ることを頑なに拒んでいるくせに、この世界に馴染もうともしない。
今日のドレスは純白でたくさんのフリルで段がたくさん重ねられている。生地自体は薄いのだが、フリルが多すぎて重たげに見える。
ミサは…ミサは一番苦手かもしれない。不気味なのだ。
兄上達は「ばかで頭のおかしな尻軽女」と言っていたが、わたくしはミサはかなり頭が回ると思っている。言動が計算されたもので、おそらく元の世界では「可愛らしい無邪気な少女」そのものなのではないだろうか。おそらくミサが5歳くらいの幼さなら、彼女の言動はお行儀は悪いが元気でちょっと慌て者で可愛い女の子に見えるだろう。
そのような振る舞いを淑女であるべき年齢の女性がするので、なんとも不気味に見えてしまうのだ。
彼女のドレスはこれまたピンク。レイに比べると光沢があり、腰にペプラムがふわふわっと広がり、その下からギャザーの寄ったスカートが広がっている。
彼女によく似合うデザインだ。
金髪の巻き毛は両側で白いリボンで結ばれている。
開催の挨拶後に、それぞれ婚約者にエスコートされて3人の元に向かうと、ミサが侍女に腕を抑えられているのが見えた。どうやら走り寄る気だったらしい。
レイは手にクッキーを山盛りにした皿を持っていたが、食べるのをやめて目を見張って固まっていた。殿方に釘付けだ。
シノブは特にエリックに見蕩れている。エリックはジュリア・クサンクの従兄でよく似ている。
わたくしは扇を広げて意地悪気な微笑を浮かべて挨拶をした。
「皆様、ご機嫌いかが?少しはお行儀がよくなったかしら?」
効果覿面で、3人に一瞬険のある表情が浮かんだ。
最初に動いたのはミサだ。
「やだぁ、シャイロ様ったら。ミサは天然だけどお行儀はいいですよぉ」
頬を膨らませて見せる。
「時々失敗しちゃうけど、がんばってまぁす」
そう言いながら近づこうとするのを侍女が更に抑えようとするが、わたくしは目で合図を送って手を放させた。
ミサは近づいてきて
「ご挨拶しまぁす」
と言って、まあまあ及第点の取れる程度だが淑女の礼(カーテシー)をして見せた、と思ったらよろけてザイディーの胸に飛び込んできた。
「いやん、ごめんなさぁい。まだ慣れていなくて足がもつれちゃったぁ」
そう言いながらザイディーの上着(フロック)の腰あたりの布を握りしめて胸に頭を埋めた。
ランスフィアに聞いていたけれど、本当に有り得ない!!
なんて下品で常識はずれなの!?
こんなことをされたら、大抵の女性は怒るし、引き離すためにきついことを言ってしまう。
わたくしはあまりのことに頭も口も回らず、もう少しでミサを叩きそうになった。
しかしリスベットがその場をおさめてくれた。
「ミサ嬢」
静かに厳しくリスベットが言った。
「はしたないことをなさらないで、すぐに離れなさい」
ミサは悪びれもせずさらにザイディーにすり寄り
「いやぁん、ザイディー様、ミサ、足をくじいちゃったみたい」
と言った。
「そうですか」
リスベットはパンパンと手を叩いて侍女と護衛を呼んだ。
「ミサ嬢は足をくじいたそうです。お部屋に戻って手当をしてください」
静かで凛としたリスベットの声と指示に、わたくしはクラクラするような怒りが少し冷めて周りが見えてきた。
「えっ!うそ!やだやだ」
足をジタバタさせながら女性近衛に抱きかかえられて去って行くミサが見えた。
わたくしが怒りと闘っている間に、レイとシノブも騒ぎを起こしていた。
「まあ、レイ嬢はたくさん召し上がるのね。お口の周りにいっぱい欠片がついていますわよ」
アリシアがレイに嫌味をしかけると、レイは真っ赤になってクッキーの盛られた皿を投げ捨てた。
「こっ、こんなもの!メイドが勝手に持ってきたのよ!!」
投げ捨てられ散らばったクッキーを見ながらアリシアが追撃する。
「せっかくのお菓子を無駄にするなんて…お行儀が悪いですわ」
「アンタがバカにするからじゃないの!!」
レイはアリシアに掴みかからんばかりだ。
「あら、わたくしは事実を申し上げただけですのに」
とうとうレイはアリシアに飛びかかろうとして護衛に押さえつけられた。
アリシアはクスッと笑って言った。
「身分を弁えた方がよろしいわよ」
「アリシア様、最強ですね」
とパーティー後の報告会でランスフィアが評した。
アリシアは笑いながらその場を去って行った。
護衛に押さえつけられたレイは何かを言おうと顔を上げて口を開きかけたが、"攻略対象"である殿方達がイヤなものを見るような表情をレイに向けているのを見て、俯いておとなしくなった。
そのままブツブツと何かを言い始めたところでリスベットが
「レイ嬢も気分がお悪いようですね」
と救護室へ移動させた。
レイには女王反対派と接触して欲しいのだ。
シノブは去って行くエリックに向かって
「待ってください」
と縋りつくような声をかけた。
「わたくしの婚約者になんの御用かしら?」
アリシアは冷たい目を向ける。
「違うんです!エリック様に聞きたいことがあって!」
「なんでしょう?」
エリックの声色に嫌悪が滲んでいる。
「あの、ジュリア様のことなんです。ジュリア様が12歳なんてウソですよね!?」
エリックは冷ややかに答えた。
「従弟のジュリア・クサンクならまだ12歳の子供ですよ」
「そんな…ウソ…」
真っ青な顔になるシノブ。
コンスタシアが優し気に声をかける。
「少し休憩所でお休みなった方がよろしいわ。果実水かお茶を届けさせますね」
シノブはしばらく休憩所にいたが、少ししてレイも救護室から戻り、2人で何やら話し込んでいた。
そこに数人の女王反対派の貴族達がやってきて、2人に話しかけるのを横目で確認した。
レイは段々と尊大な態度になり、また食べ物を運ばせては食べていた。
後で魔法道具を確認すると、やはり今の段階では遠回しな仄めかしと慰めと支援の申し出だった。
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