第17話(17)11人の言い分と特徴〈ラン〉

 とうとう最後だ。

 ドアの前に立ち一瞬躊躇するが、エイベルに目配せで入室を告げさせる。

 部屋に入ると、驚いたことにランはドアの傍に立って、深く頭を下げていた。

 この国の礼ではないが、初めての礼だ。


「ラン嬢、お顔をお上げになってください」

 わたくしは努めて優しく促した。


 おそるおそる頭を上げたランは涙ぐんでいた。


 そういえばランについては問題報告はあまり上がっていない。ただ、泣いていることが多く食も進まないらしい。

 ランの衣装は1着だけ豪華なもので、他は神殿の女性の着る最上等な衣類をあてがわれていた。どうやらここで資金が尽きてきたようだと推察していた。

 最後に召喚されたために割を食らったのだろう。


「どうなさったの?」

 優しく尋ねるとランはポロポロ涙をこぼした。この娘の目には敵意はない。


 ティー・テーブルの椅子に座らせ、紅茶ではなく気持ちの落ち着くハーブティーを取ってこさせて飲ませる。


 ランは黒い髪に濃い茶色の瞳、華奢な少女のような外見だった。

 用意したクリーム色のドレスがよく似合う。髪は白いリボンで結ばれていた。

 慎ましやかな印象を受ける。


「ラン嬢、ご不便なことはございますか?」

 尋ねるわたくしにランはまた涙をポロポロこぼした。

「ごめんなさい」

 謝るランに面喰う。

「どうなさったの?」

「私、聞いたんです。デニアウムさんに、私達が聖女じゃないって」

 デニアウムは全員に言ったそうだが、聞き入れたのはランだけたっだらしい。

「デニアウムさんは謝ってくれて、私達を元のところに戻してくれるって言ったのに」

 しゃくりあげて続ける。

「みんな聞かなくて、嘘だって言って…」

 さもありなん。

「でも、デニアウムさんは優しくしてくれて…」

 この子だけには、デニアウムの真心がわかったのね。私はデニアウムを懐かしく思いながら心が痛んだ。


「そ…その後、すぐ、デニアウムさん、亡くなっちゃって」

 しゃくりあげながら懸命に話すラン。

「私達を、戻すために、死んだって聞いて…」

 ランはわあっとばかりに泣き崩れた。


 わたくしはランの傍らに行き、泣き止むまで背を撫でた。


 しばしあって落ち着いたランに、改めて茶菓をすすめる。

 遠慮する仕草のランにすすめる。

「大丈夫よ。これはわたくしの好意だから遠慮なく召し上がって」


 ランは遠慮がちに紅茶を飲む。あれだけ泣いたのだもの、喉が渇いただろう。

 ふと思いついてメイダに果実水を取りにいかせる。


「おいしい…」

 果実水を飲んだランが呟く。

「喉が渇いたでしょう?」

 ランはこくりと頷いた。


「デニアウムは」

 ランがビクリと肩を震わせる。

「一昨日、神々の御許に参りました。神々がよろしく取り計らってくださるでしょう。もう泣かないで」

 共にデニアウムの死を悼んでくれるというだけで、わたくしはランを好きになった。

 ランは涙をポロリとこぼしたが、ぐっと耐えたようだ。


「私、最初は召喚されて聖女になって『ハナシュゴ』のヒロインになれるんだって嬉しかったんです」

 ランは小さな声で遠慮がちに語り始めた。

「来たら、もう10人もいて…みんなで足の引っ張り合いをしているし…それに私は聖女じゃないって言われて…どうしていいかわからなくて」

 まともな頭ならそう思うでしょうね。わたくしは頷きながら黙って聞いていた。


「みんな、色んなものを欲しがっていて、神殿の人達が困っていても怒るだけで…毎日が怖かった。デニアウムさんが死んじゃってから、毎日怖かった」

 そこで黙り込む。

「何が怖かったの?」

「何もかも…偽聖女だって殺されるんじゃないかとか…」

「大丈夫よ。あなたに危害は加えないわ」

 あなただけはね。

「ここに来た時、聖女の力を見せてみろって言われたらどうしようとか」

「それも心配しないで」


 ランはぐっと拳を握って小さな声で言った。

「ここにいるのも、帰るのも怖い」

 ランは震えていた。

「訳を聞いてもいいかしら?」


 ランは異界で恵まれた人生を送っていなかったようだ。

 ランの容姿はほぼそのままで、ただ身長が高く痩せぎすな体を修正してもらっただけだと言う。ガサガサに荒れた肌も体中の傷も治っていて嬉しかったと。

 たまにこっそりやる『ハナシュゴ』だけが楽しみの「テイジセイウコウセイ」で、昼間は働き夜は学校に通っていたそうだ。給金のほとんどは親にとられ、叩かれたり蹴られたりする日々だった。

 そんな中、召喚を受けて舞い上がってしまったと語った。


「ここで働かせてください」

 ランの目は必死に縋りついて来た。


 わたくしは少し思案する。

 彼女ならば、マナーと基礎的な知識を学べば、よろしきところに養女に出せるのではないかしら?幸い稀人召喚は秘匿されているし、王家は無理でもザイディーの家のジンダール侯爵か神殿管理大臣エイナイダ公爵家の遠縁としてどこかの貴族の養女に、いえ、このどちらかの家の養女にできるかもしれない。

 エナイダ公爵家でもジンダール侯爵家でも、神殿やわたくしの目の届くところにいられる。


「ラン嬢、あなたを召喚した責任はとらせていただきます。詳しいお話は後でいたしますが、まずは『ハナシュゴ』と我が国の相違について聞いてくださいませ」


 ランは静かに耳を傾けた。そしてゲームとやらとは違うことを飲み込んだらしい。


「『ハナシュゴ』とやらでは男性を巡ってはしたない騒ぎが起こったようですが、この国では認められないことです」

 ランはこくりと頷く。

「私、聖女として大切にされたかっただけなんです…」

「聖女ではないけれど、大切に遇します。実は1年から3年で皆様を元の世界にお返しできるのですけれど」

 わたくしの言葉にランはビクリとして、怯えた目をした。

「あなたがここに留まりたのなら、わたくしが尽力することをお約束します」

 ランの唇が震えている。


「まずは1年、この宮で礼儀作法と学問を修めてください」

「はい!」

 いいお返事。

「困ったことや要望があれば、おつきの2人に言ってくださいね。わたくしに会いたい時も」


 退出の挨拶をすれば、ランはドアまで送ってくれる。

 逆境がこの子を磨いたのね。


 さあ、午後はラン以外の10人を集めての説明、いや勧告だ。


 今夜のランとわたくしの眠りが安らかであるよう最善を尽くそう。

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