第11話(11)11人の言い分と特徴〈マイ〉

 マイは漆黒の髪に紫の瞳のスラリとした娘だ。

 彼女の前に召喚された娘達が望むままに衣類や宝飾を買い与えたせいだろう。マイから後は衣類の質や枚数が落ちている。特にマイは一番慎ましやかな印象がある。

 服飾職人から流行を聞いたのだろう。ほとんど手直しの必要のないドレスばかりだが、普段に着るには豪華すぎる。晩餐会や式典のような公の場に着るものだ。


「ご機嫌いかが?マイ嬢」

 わざと慇懃な礼をすると、以外にもマイは膝を折って礼を返した。

 しかし発した言葉は面喰うものだった。

「シャイロ姫、私は味方です」

 味方とは?何もできない娘に味方していただくほど、わたくしの地位は弱くないのに。


「味方とはどういう意味でしょうか?」

 微笑んで尋ねる。

「私はザイディー推しじゃないの。エドガー様一筋よ」


「ダイクロン伯爵令息と面識はありませんよね?『エルダー王国の花聖女と12人の守護者』と関係がありますか?」

 マイの顔が満面の笑顔になる。


「やっぱり『ハナシュゴ』の世界なのね!大丈夫。私はあなたの邪魔はしないから」

「しかし、聖女を名乗っていらっしゃいますよね?」

「だって私は召喚された聖女だもの!」


 ここで「聖女ではない」と言えば、せっかく好意的なマイから情報を得られないだろう。


「それはなんなのか教えていただけませんか?」

 侍女達にお茶の用意をさせる。苛立ちのはけ口に、今日の茶菓はミルフィーユを用意した。ああ、わたくし、我ながら意地悪だわ。


 マイの話を聞いてわたくしは頭痛と眩暈を覚えた。


『エルダー王国の花聖女と12人の守護者』は、マイ達の世界で「ゲーム」と呼ばれる娯楽で、要は恋愛を楽しむものだった。

 うまく選択肢を選んだり、「イベント」を達成したり、プレゼントや「アイテム」で好感度を上げて目的の男性を「攻略」する。相手によって邪魔をしてくる「悪役令嬢」がおり、最後は成敗されるという。

 舞台は王立学園だった。

 学園の卒業パーティーで「悪役令嬢」は断罪されるという。


「私はエドガー様だけだから、あなたとは敵対しないわ」

 つまり今まで面会したマリ、メグミ、ホノカ、セイはザイディーを狙っているということか。

 あら?確かホノカはザイディーとジウンとザイルの名を出していたわ。マリもセイも複数をほのめかしていた。


「一筋とおっしゃいましたが、違う場合もあるのでしょうか?」

 マリは待っていましたとばかりに食い気味に言う。

「逆ハーよ!!あなたを倒すとザイディー様ルートと逆ハールートになるのよ」

「逆ハー?」

「好きな人を好きなだけ」

 は?道義的にこの国ではありえない。

 そんなわたくしの気持ちが表情に漏れたのであろう。

「だって聖女ですもの」


 聖女だからこそ、許されないのだが。


 マイの話から、様々な齟齬を感じた。

「学園が舞台ならば、ジウン兄上はじめ他の方々とどこで会うのでしょうか?」

「学園に決まってるじゃない。みんな生徒だもの」


 そこからおかしいのだ。そもそも、我が国の名前は「エルダー」ではなく「エルダン」だ。


 ここでマイに言うべきか迷ったが、未練なく帰還していただくには言った方がいい気がした。


「マイ嬢、この国の名前はエルダンです。エルダーではございません」

「え?どういうこと?」

 マイは戸惑っているようだ。


「少しわたくしの話を聞いてくださいませ。マイ嬢のお話とはかなり違う部分があります」


 わたくしは相違をマイに話し始めた。


 まず現在王立学園在籍の人物は12人のうち3人。セイディ・クルドー侯爵令息14歳、ガイ・ナイアル伯爵令息16歳、エリック・シュナウツ伯爵令息17歳。

 まだ学園入学年齢に達していない12歳のジュリア・クサンク伯爵令息以外は卒業しており、ザイディーと来年結婚予定のエグゼル以外は既婚者である。


 第一王子ジウン25歳、第二王子ダイル21歳、ザイディー・シンダール侯爵令息20歳、ジリアン・エイナイダ公爵令息21歳、エグゼル・シェイン伯爵令息19歳、ジグムンド・サンクルード伯爵令息22歳、アンリ・サグワー伯爵令息26歳、エドガー・ダイクロン伯爵令息27歳。


 ザイディーが未婚であるのは、婚約者であるわたくしがまだ学園に通っている身で、再来年の卒業後に結婚するからだ。


 そしてジウンは第一王子ではあるが、我が国の国法によって第二王位継承者である。

 第一王位継承者は第一王女であるわたくしだ。ザイディーは未来の王配である。王位継承権は27位。


 よってジウンと結婚しても王太子妃にも王妃にもなれない。

 ザイディーに選ばれても王妃にはなれない。

 ザイディーが王位に就くには国王を含め27人を、なんらかの形で害さねばならないのだ。そのなかにはジウンの娘と息子、ダイルの娘も含まれる。


 マイの顔は青ざめ小さく震えていた。


 皿の中で、ボロボロに崩れたミルフィーユはマイの心と同じだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る