エピローグ(裏):協力者

 スキレナは裏社会で生きている人間だ。普段はサイボーグボディや電子脳の調整作業を請け負っている。しかし、電子擬人に関する技術に強いため、それ関係の違法な作業を請け負うことも珍しくない。


 そんなスキレナの客の一人にPJと名乗るサイボーグがいた。界隈では冷酷非情な暴力主義者という評判だが、冷静な判断力を持ち合わせてもいる。たまに体の調整をするために来訪し、金払いも悪くはなかった。


 なかなかの客という認識だったスキレナは、そのPJからあるとき電子擬人についての相談を受ける。


「実はよ、オレの身代わりとして死なせてぇんだが、電子擬人スードヒューマンでそれができるか?」


「できるわ。でも、複製した人格だって自分なんだから、自殺願望がない限りは死にたがらないわよ?」


「そこでお前さんの出番なのさ。これの技術に詳しいそうじゃねぇか」


改造すいじるのね。違法じゃない」


「だからお前さんに頼むんだよ。できるんだろ?」


 にやつくPJに対してスキレナはうなずいた。しかし、なぜとは問わない。こういう相談や仕事ではご法度だ。単にできるかできないかだけを答えるのみである。


 仕事を引き受けたスキレナだったが、やることは多かった。


 まず、複製する人格のサイボーグボディとして現在PJ本人が使っているものを使用する。そのため、本人が移るためのボディを新たに手に入れる必要があった。


 次いでPJ本人の人格と記憶の複製だ。複製そのものは大容量の記憶媒体があれば難しくはないが、それと電子擬人として成立させるための調整が難しい。


 更に調整した記憶を改竄した。また、自殺を望む性格でもないので、破滅する選択をするよう思考誘導するプログラムを埋め込む。


 必要な作業を終えると、複製されたPJは調整用シリンダーから搬出されて世に出た。その後は、当人には隠蔽された定期通信により状態を監視し、たまに依頼を引き受けながら破滅の時を待つ。


 そのときはスキレナの予想よりも早かった。三ヵ月もかからずに世間を騒がせて死ぬ。


「条件Cを満たして暴走モードに移行、後にハックされて自滅、ね。最後まで到達できたのはある意味幸せだったのかしら?」


 各種機材や資料などが雑然と置かれている部屋でロッキングチェアに深く座り込んだスキレナは、目の前に立体表示させたダミーPJの各種データを眺めていた。どれも処分が完了してからは反応がない。


 すべての仕事が終わったと判断したスキレナはダミーPJに関するデータを削除した。持っていても犯罪の証拠にしかならない。


 こうしてPJからの依頼は完了し、仕事の一つは終わった。




 終わった仕事は普通顧みられることはない。もしあるとすれば思い出として振り返るときか、あるいは。




 その日も一日の仕事を終え、毎日見ている動画も見てしまい、後は寝るだけというときだった。


 スキレナが技術関連のページを表示した半透明の画面を目の前に展開していると、突然半透明の蝶々の羽の付いた小さな妖精が姿を現す。


『ハーイ! 初めまして! あたしはスードフェアリー! 今日はあんたに用があって来たの!』


「なにこれ? スパム広告?」


『スパムじゃないわよ、失礼ね!』


「呼んでもいないんだから帰ってくれる? 私はこれから寝るところなの」


『就寝するか永眠するかはあんた次第よ! だからあたしの話に付き合ってね!』


「消せない? どうなってるの?」


 通常の立体画面や立体映像を消し、アンチウイルスソフトを立ち上げたスキレナは、それでも一向に消える気配のない半透明の妖精を睨んだ。更に強力なアンチウイルスプログラムを走らせる。


『あ、アンチウイルス系のプログラムは乗っ取ってるから動かしてもムダよ? 試してみたいって思うんなら動かしてもいいけど』


「どこから入り込んだのよ? 回線だって限っているし、そこも偽装や暗号化はしているはずなのに」


区域エリア内は外部からの電波を完全遮断、回線は有線の一本だけ、暗号化の強度は通常の六十四倍、多少不便でも遅くなってもセキュリティ重視ってわけよね』


 正常に動作しているはずのアンチウイルス系の各種プログラムが異常を検知できないことに、スキレナは表情を硬くした。この半透明の妖精を立体表示させている元すら探し出せないでいる。


『本名は三宅麗奈でネットワークでの名前がスキレナ、二十八歳。かつて難病を克服するために体の半分以上を機械化した準機械人セミサイボーグなのよね。普段はサイボーグボディや電子脳の調整作業を請け負っているけど、電子擬人スードヒューマンに関わる技術にも強い』


「個人情報を全部握っているってわけね。で、私にどうしてほしいのよ?」


『PJの本人用ボディを用意して脳を移して、ダミーの脳を確保して人格の複製および調整をしたのよね?』


「そうよ。仕事として引き受けたの。そこまで知ってるなら違法だってことも承知なんでしょうけど」


『知ってるわ。でも、違法かどうかなんてどうでもいいの』


「あらよかったわ。警察に突き出さないなんて優しいじゃない。それで、いい加減何を要求したいのか教えてくれない?」


『せっかちねぇ』


「私に選択権なんてないんだから、さっさとそっちの要求を飲んだ方がいいじゃない」


『ふーん』


 今まで笑顔で話をしていた半透明の妖精の顔から笑みが消えた。そのままじっとスキレナを眺めてくる。


 ため息をついたスキレナは困った表情を浮かべた。さすがに無表情で眺められるのは気味が悪い。


「少しドライすぎる話し方をしたことは謝るわ」


『あんた、今体を動かせるかしら?』


「え? そりゃ動かせるに、え? なに? あなた何したの!?」


 ロッキングチェアに座っていたスキレナは首から下の体を一切動かせないことに気付いた。体の半分以上を機械化しているとはいえ、頭部と左腕、それに胴体の上半分は生身のままだ。例え機械部分をハックされていたとしてもそこだけは動かせるはずだった。


 しかし、現実には生身の体も含めて指一本動かせない。機械化された体とネットワークだけを乗っ取られたと考えていたスキレナは予想が間違っている可能性に気付いた。


 顔を青くしたスキレナが半透明の妖精に目を向ける。


「どういうこと? 一体何をどうしたっていうの!?」


『やっと現状に気付いてくれて嬉しいわ。さて、話を元に戻すわね。あんたはPJ本人から依頼を受けてそのダミーを用意した。そして、複製した本人の人格と記憶を調整して電子擬人スードヒューマンを生み出したのよね』


「そうよ! でもあれは仕事で引き受けただけ。私みたいな技師だったらみんなやってるじゃない! 私だけとやかく言われる筋合いはないわ!」


『違法なことをそんな堂々と言われてもねー。道路交通法違反で切符を切られるときにみんなやってるのにって言い訳しているみたい。でも、それはどうでもいいことなのよ、さっきも言ったけど』


「だったら何が言いたいのよ!?」


『月野瀬高等学校の地下の電子生命体研究所跡、どうしてあそこを襲撃対象にしたのよ?』


「どうしてって、別に大した理由なんてないわ。あのダミーが死んだことを世間に知られたらそれでよかったから。どこでもよかったのよ」


『つまり、ただの偶然だった?』


「そうよ、偶然よ」


『ホントにぃ?』


 あくまでも疑ってくる半透明の妖精にスキレナはいらついた。なまじ整っている半透明の妖精の見透かしたかのような表情が神経を逆撫でする。


「どうしてそこまで疑うのよ? 都市伝説みたいなヨタ話から適当にでっち上げたことに意味なんてあるわけじゃないでしょ。どうせ何もないって思ってたし、事実何も出てこなかったじゃない」


『それはどうかしら?』


「え?」


『まぁいいわ。その点については信じてあげましょう。では次、過激派が高校を占拠したけど、あれはあなたの提案? それとも、思考誘導の結果?』


「私の提案じゃないわ、ダミーがやったことよ。思考誘導の調整を私がしたという意味じゃ間接的に提案したと言えるかもしれないけど。ただ、自分が破滅してそれを世間に知られるように誘導してただけだから、どこまで派手にするかは本人、この場合はダミー次第だったわ」


『なるほど。あたしとしては、もっとひっそりと破滅してほしかったかなー』


「お客の要望と性格に沿ったらこうなったんだから仕方ないでしょ。私は言われたとおりにやっただけ。それに、あんまりひっそりとしすぎると警察に気付いてもらえなかったし」


『どうしてそんなことがしたかったのかしらね?』


「知らないわ。こういう仕事をするときは理由なんて聞かないもの」


『あら、そうなの?』


「理由に踏み込んだところでこっちは何もできないし、下手をしたら余計なことに巻き込まれるじゃない。お客は私の技師としての能力を求めているだけだし、私は対価をもらって技術を提供する。それだけよ」


『うーん、まぁ危ない仕事をしているとそんなもんかー』


「そういうものよ。わかったらいい加減解放して。私とあいつは技師と顧客でしかなかったのよ」


『い、や、よ♪ あんたは危険だもの』


 目の前の半透明の妖精はさも当然のように言い放った。スキレナは顔を強ばらせる。


「まだ何かを疑っているわけ?」


『だってあんた、ウソをついてるんですもの』


「ウソ? どんな?」


『月野瀬高等学校の地下にある電子生命体研究所跡を襲撃対象にしたのは適当だったかもしれないけど、電子生命体を狙っていたのは間違いないでしょう?』


「何を証拠に」


『あのダミーが電子生命体を制御するためのプログラムってのを持っていたわよ』


「ああ、あれね。あれはあのダミーを始末するためのプログラム」


『なんだけど、同時に電子生命体と本当に遭遇したときの機能も備えていたわよね?』


 言葉を途中で遮られたスキレナは固まった。優しく微笑む半透明の妖精を見る目にかすかな恐怖が浮かぶ。


「最初はあの事件の被害者かその関係者だと思っていたけど、あなた、もしかして電子生命体フェアリーテイルの研究でもしているの?」


『どうかしらねー? 今のあんたには関係のない話だと思うけど』


「あんなヤバい研究に関わってるやつに目をつけられるなんて!」


『そんなヤバいものに手を出そうとしたあんたも人のことは言えないでしょーに』


「どうりでやたらとあの事件にこだわるわけね。どっちが危険なのよ」


『その言い方だと、狙っていたのは認めるのね?』


「ああもうわかったわ、降参よ降参! そうよ、あわよくばって思ってちょっと仕掛けたのよ。あんまり期待はしていなかったけど」


『んー、でもあのプログラムじゃ捕まえられないと思うわよ。ああだから、追跡機能が仕込んであったのね。せめてどこにいるかわかるように』


「はいはい。どうせ私程度じゃ捕まえられなかったでしょうよ。どうりで生身の体も動かせないわけね。こんなことまでできるなんて、相当研究が進んでるんじゃない?」


『褒めてもらえて嬉しいわ。ということで、これを機にあんたはあたしの駒になってもらいましょう』


「は?」


 突然の宣言にスキレナは呆然とした。何がということでなのか理解できない。


 面白そうにスキレナの目の前を半透明の妖精がくるくると回る。


『色々と言ったけど、あんたはなかなか優秀よ? あたし今は色々と忙しいから、手伝ってくれる手駒ひとが欲しいのよねー』


「ひどい勧誘の仕方ね。脅迫しないとできないの?」


『裏でこっそりと自分のための仕掛けを平然とする人にはちょうどいいでしょ?』


「むかつく。心情的には全力で拒否したいわ」


『ふーん』


「ああもうわかってるわよ。永眠なんてしたくないから従うわよ!」


『やったー! 嬉しー!』


「はぁもう、なんでこんなやつに目をつけられたのかしら」


『余計なことをしたからじゃない?』


「いちいち返事をしないでよ! 一言単位で管理されるわけ?」


『まーいいでしょ。ということで、早速お仕事をお願いするわ』


「こき使われる予感しかしないわね」


 渋い顔をしたスキレナがつぶやいた。いつの間にか体が動かせるようになっていたのでロッキングチェアから立つ。


「で、仕事の内容は?」


『PJ本人がどこにいるかの捜索を手伝ってくれない?』


「今頃海外じゃないかしら。最後に話をしたときはまだ国内にいたみたいだけれど、それ以後の足取りはさっぱりよ?」


『PJ本人に新しいサイボーグボディを提供したでしょ。あのデータを全部ちょうだい』


「あー、仕事が終わったらデータは全部消しちゃったのよねぇ。こっちの足が付かないように」


『もう一回データを揃えるだけならできるでしょ? 生身の脳にも記憶レコードはある程度あるんだから』


「はいはいわかりました、やりますよ。いつまでにどこへ提出すればいいの?」


『二十四時間以内にここへ送ってね!』


「こっちにだって普通に仕事があるんだけど」


『まだ記憶に残っていることを調べ直すだけなんだからできるでしょ。あんたは優秀なんだから』


「嫌味にしか聞こえないわね。もういいわ、やるわよ」


『ありがとー! それじゃまた来るわね、バーイ!』


 小さく手を振った半透明の妖精がスキレナの目の前から消えた。すぐに手の届く範囲にあるソフトウェアやハードウェアの確認を始める。異常はなにも検知できなかった。


 持っている記憶媒体メモリすべてを調査スキャンしながらスキレナはつぶやく。


疑似妖精スードフェアリー? 電子生命体フェアリーテイルの研究をしてるやつがふざけた名前を付けるじゃない。ああこれ、たぶん何も見つからないんでしょうね。はぁ、むかつくわ」


 調査スキャン状況を示す半透明の小画面を脇に押しのけたスキレナはため息をついた。あらゆる意味で自分を上回る人間が寄越したほぼ初期状態の見た目のフェアリーナビゲーターに制圧されたことに肩を落とす。


 面白くなさそうな表情を浮かべたスキレナが再びロッキングチェアに座った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る