エピローグ(表):嵐が過ぎた後
高校占拠事件が終わって二週間以上が過ぎた。一時的に学校がテロリストに占拠されたことや警察が直接介入する前に事件が終わったことで話題になる。襲撃は春に壊滅した過激派の残党が復活を賭けて実行したが内部分裂をして失敗したというのが世間の認識だ。
守人は警察に保護されてからすぐに病院へ運ばれた。右腕の治療だけでなく、蹴られた腹部やその他の傷も診てもらうためだ。もちろん即入院である。
こうなるともう両親との再会は避けられない。治療直後に会うと母親には怒りに怒られて泣きに泣かれる。一方の父親には呆れられつつも安心された。
一段落すると警察の事情聴取が始まる。病室で聞き取りをされたのだが、正直には話せない。そのため、アニマとあらかじめ組み立てた筋書きを刑事に話した。結果、人質を盾にテロリストにおびき出されて捕まり、仲間割れの争いに巻き込まれたことになる。
こうしたことを経て、守人は十一月の半ばに高校へと復帰した。久しぶりの学校は事件前と同じように見える。それが懐かしく感じられた。
以前と同じように正門から学校の敷地に入ると、守人は教職員が集まる東校舎へと足を向ける。今日は朝一番に来るよう呼びつけられていたのだ。教職員室に入ると常盤教諭の下へ向かう。
「常盤先生、おはようございます」
「裏神くん、おはよー! ちゃんと来てくれたねー! 怪我はもう治ったのかな?」
「大体は治りました。普通に動く分には大丈夫だって医者も言ってくれてます」
「そっかー、良かったねー。でも、あんな大怪我をしたと聞いたときは驚いちゃったよ!」
「すいません」
「まさかテロリストに呼びつけられるとはねー。しかも、内緒で旧北校舎の地下に下りて盗った物が原因だなんて」
「ははは」
「笑い事じゃないよ。テロリストの件もそーなんだけど、立ち入り禁止されているところは危ないんだから勝手に入っちゃいけません!」
「すいません」
「何かあって助けてもらえない状況になると死んじゃうかもしれないんだよ? わかってる?」
「はい。身に沁みました」
「今回は運良く死なずにすんだけど、いつもこんなにうまくいくとは限らないんだからね!」
「そうですね」
「今回のことはよく反省して、これからも勉強に励むこと。いいわね?」
「はい」
「よし! それじゃもう教室に行っていいわよ!」
「失礼しました」
しっかりと怒られた守人は教職員室を出るとぐったりとした。そのまま力なく中校舎へと向かう。
『いやー、怒られたわねー』
『悪いことを、したのは、確かだし、仕方ないけど、疲れた』
『ちゃんと叱ってくれるんだからいいじゃないの。これで安心して悪さができるってものじゃない』
『勘弁、してくれ。何回も、怒られるのは、嫌だ』
『ふふふ、ばれなきゃいいんじゃない?』
『お前、余計なことを、するなよ?』
『わかったって』
楽しそうに笑うアニマの返事に守人は不安しか感じなかった。
教室に入ると、既にいるクラスメイトから一斉に目を向けられる。
「おはよう! って、みんなどうしたんだよ?」
「どうしたじゃねぇよ、お前久しぶりだろう!?」
「よく生きてたなぁ。テロリストに捕まりに行ったんだって?」
「いたずらした報いだって聞いてるぞ。お前一体何したんだ?」
「智代を助けるためにテロリストと戦ったんだって聞いてるわよ。ホントなの?」
一度に質問を浴びせかけられた守人はたじろいだ。多人数に詰め寄られるのはこれが初めてである。どれから答えればいいのかわからない。
とりあえず人の輪から抜け出すと守人は自分の席に座った。机の横に鞄を掛けて一息つく。そこへ明彦がやって来た。
久しぶりに友人の顔を見た守人は笑顔で手を上げる。
「明彦、久しぶり!」
「守人くん、よく生きてたねぇ! てっきり死んだのかと思ったよ」
「勝手に殺すなよ。確かに死にかけたけどな」
「テロリストの仲間割れの争いに巻き込まれたって? どんな感じだったんだい?」
「ひどいもんだったよ。親玉みたいな奴がいきなり発狂して周りの奴らに襲いかかったんだから。その勢いで俺たちの方にも来たんだからもう」
「いきなり発狂したって何があったのかな?」
「知らないよ。テロリストの頭の中のことなんて」
実際にはアニマから概略を聞いた守人はある程度のことを知っていた。ろくでもないことだったので初めて聞いたときはげんなりしたものだ。当然こんなことは話せない。
更に明彦が話しかけてくる。
「それにしても、まさか地下の探検の成果を持ち出したことがテロリストにおびき出される原因になるとはねぇ。やっぱりあの黒い
「そうなんだ。あのせいで散々な目に遭ったよ。あれが
「確かに! でも、開けられたんだよね?」
「開けたっていうよりも、開いたっていうのが正しいよ。実際に俺は何にもしてないからな」
この辺りの事情もまたアニマとよく相談して内容を決めたことだ。結局うまい言い訳が見つからず、『よくわからないがなんか開いた』ということで押し通した。実際、詳細を知っているのはアニマであって守人自身は具体的に何も知らないのは事実である。
その後も明彦と雑談で盛り上がった。主に守人の話ではあるが、懐かしい感触に守人は喜ぶ。
ホームルームも近くなってきた頃、今度は智代が寄ってきた。少し話しにくそうにしているが、それでも声をかけてくる。
「守人くん、おはよう。もう平気なの?」
「ああ。まだちょっと突っ張ったりするけど、普通に生活する分には大丈夫だぞ」
「良かった。守人くんの右腕が動かなくなってたら、ずっと気に病むところだったわ」
「いや、そりゃないだろう。最近の医学は発達してるし、最悪機械化すればいいしな」
「それはそうなんだけど、きっかけが自分のせいだと思うと気が引けるのよ」
「うーん、そんなもんかなぁ」
「まだインプラントもしていないからって、機械化することを簡単に考えすぎてない?」
「あー、それはあるかも。でも早くこの
ズボンのポケットから取り出した
そんな守人に明彦が話しかける。
「今回のを機にインプラントしたいってお母さんに頼んだらどうなんだい?」
「ダメって言われたんだよ。それとこれとは別だって」
「ありゃぁ、そいつは残念だったね。もしかしたらいけるんじゃないかって思っていたんだけどな」
「俺もだよ。だからどうしても卒業まで待たなきゃいけないんだ。あーあ、まだ一年以上あるんだよなぁ」
「長いねぇ。ということは、高校生活はその
「そうなんだよ。みんなが羨ましい」
「これからインプラントしていく人は増えていく一方だからね。三年の今頃だと大体の人が済ませているらしいよ」
「嫌なこと言うなよ」
口をすぼめた守人が顔を背けた。確定事項であっても目を向けたくないことはあるのだ。
と、そこで守人は大切なことを思い出した。再び明彦に顔を向けて手を合わせる。
「そうだ、俺ここ二週間学校休んでたんだよ。ノートのデータをくれ!」
「守人くんって入院してたんだよね。構わないよ。というより、実はクラリッサに書いてもらってるんだ。教壇の位置を指定してそこに板書されたものを複写するように命令すると、そのまま書き写してくれるんだよ」
「フェアリーナビってそんなこともできるのか! いいなぁ」
『あたしだってそれくらいできるわよ。ネットで集めた解説付きでちょー豪華なやつ!』
『逆に、使いづらそう』
『なんでよー!』
頭の中で抗議するアニマを無視して守人が安堵のため息を漏らした。欠席していた間の遅れを取り戻すことは現在の最重要課題だ。特に苦手科目の穴埋めは重要なのでノートのデータの提供はありがたい。
三人が仲良く雑談しているとチャイムが鳴った。その直後に小柄で可愛らしい顔の教師が入ってくる。
「はーい、みんな座ってー! 藤山智代さーん、号令よろしくー!」
「お、女神様のご入室だ!」
「常磐女神様!」
「女神様かわいー!」
「女神って言うなー!」
入室直後に湧き上がった声援に常盤教諭は叫んだ。しかし、生徒側は面白がって続ける。
教壇で涙目になって否定する担任教師を守人は苦笑いしながら眺めた。今や号令がかかるまでの風物詩だと後になって明彦から聞く。
『あの先生、今じゃ結構有名になったわよねぇ』
『ネットや、テレビで、散々、映像が、流されてる、からな』
『そのネットじゃハッククイーンなんて呼ばれているのよ、あの先生』
「ぶははは」
こらえきれなかった守人が吹き出した。あの事件当時、テロリストを制圧し、人質を解放した手腕が賞賛されているのだ。立体映像でその姿を見た人質の生徒の証言や学校のシステムに残っていたわずかな記録からその勇姿が世間にも広まったのである。
おかげで現在の常盤教諭は大変多忙な身だ。雑誌やテレビの取材に写真撮影など様々な依頼が舞い込んでいる。そのせいで休みが全然ないとよく嘆いていた。
そんな担任教師を見ながら守人がアニマに話しかける。
『俺たちが、悪い、んだけど、これは、仕方ない』
『まーねー。あたしたちの代わりに目立ってもらったから、ちょっと悪いことしちゃったわよね。いずれ何かお礼をしなきゃ』
『面と、向かっては、できない、けどな』
『そーなのよねー。こっそり口座に謝礼金でも振り込んでおこうかしら、年収分くらい』
『その、お金は、どこから、持って、くるんだ?』
『こーゆーのは出所を聞いちゃいけないのよ?』
「やべぇ」
嫌そうな顔をした守人がつぶやいた。
ちょうどそのとき、智代の号令がかかる。生徒全員が立って常磐教諭に礼をして着席した。ホームルームが始まる。
守人は鞄から取り出した
『けど、モリトの名前が世間に広まらなくて良かったわ。これ結構苦労したんだから』
『知ってる。俺も事情聴取が面倒だった』
『色々つじつま合わせするのが大変だったわよね。特に金庫室の中のこと』
『まさか停電のおかげで助かるとは思わなかったよな。最後の銃撃戦はともかく、テロリストに突っ込んで抱きついたことを智代に見られてたら言い訳しにくかったし』
『明かりが点いていたらね。でも、あのときのモリトって、あたしとの会話でも普通に口で喋っていたわよね。あれをきっちりと覚えられていたら苦しかったわ』
『意識しないと口が動くんだよ』
『だからこれから訓練しましょ。どうせ必要になるんだから』
頭の中で守人がアニマと会話をしている打ちにホームルームは終わった。常盤教諭が教室から出て行くと教室内は再びざわつく。一時限目の教科の教師がやって来るまでそれほど間はない。
『そういえば、アニマはいつまで俺の中にいるつもりなんだ?』
『あたし? んー、具体的な期日は決めていないわよ。期限を決めてほしいのならそうするけど』
『別にそこまで追い出したいわけじゃない。ただ、独り立ちするのにどのくらい時間がかかるのか気になったから』
『なるほど。準備期間が長いほど都合がいいのは確かだから、できるだけ長期間モリトの中に滞在したいわね。ただ、あんたが寝ている時間はあたし自身も何もできないっていうのはちょっとつらいわ』
『あー、睡眠時間は長いからな』
『そーなのよ、あの時間を使えるならぐっと短縮できるんだけどねー。だから、あんたが高校を卒業してインプラントするまでは、当面少しずつ成長していくしかないわ』
『まさか母さんの主張がこんなところに影響するなんてな』
『まったくよ。でも、これは仕方ないことだしね。諦めるわ』
「あーあ、早くインプラントしたいなぁ」
アニマと色々と話をした守人はため息をついた。結局そこに行き着いてしまうのだが今はどうしようもない。
チャイムが鳴ってしばらくすると一時限目の授業を担当する教師が教室に入っていた。室内のざわめきが治まっていく。
肩を鳴らした守人は椅子に座り直した。今日から再び日常が始まる。教師が板書を始めるとキーボードを叩き始めた。
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