ケニーのログ:連行、不審、驚愕

 高校を制圧し、人質を選別した春村健太は中校舎の二年B組と呼ばれている教室にいた。自分以外に仲間が三人と人質の生徒二十六人が同じ室内にいる。


 人質は生徒用の席に座らせ、私物は教室の奥の片隅にまとめてあった。余計なことをさせないためだが、インプラントされた個人用端末機パーソナルデバイスまでは取り上げられない。そのためのネットワーク回線封鎖であり、ドローンでの電波妨害だ。


 計画の初期の段階を成功させた春村は機嫌が良かった。春に自派が警察に検挙されて壊滅して以来の快挙である。ようやく権力に一矢報いることができたのだ。


 その春村は教壇上で現在動画撮影をしていた。自派の主張と今回の成果、そして政府の悪行と仲間の解放を謳ったものである。


「よって、自分はこの春不当に検挙された労働者救済戦線の同志たちの解放を要求するものである。尚、この要求が通らない場合は、背後にいる人質たちが政府の愚行の犠牲者となるだろう。以上である。」


「録画終了しました。お疲れ様です、議長」


「撮影ご苦労だ。後は動画編集だが、やっておいてくれ」


「やれることはやれるんですけど、俺あんまりうまくないんですよ。得意な同志は春に捕まっててもう誰も」


「そうか、そうだったな。まぁしかし、誰かがやらねばならんから、お前が」


『マサだ。ケニー、今いいかい?』


 会話の途中でマサが割り込んできたことに春村は少し驚いた。しかし、すぐに同志との会話を中断してマサへと答える。


「どうした?」


『そっちの人質に二年B組の藤山智代という女子生徒がいるだろう。その子を引き渡してほしいんだ』


「人質を? 何に使うんだ?」


『金庫扉のアンロックにだよ。ちょっと問題が発生してね。その子が必要なんだよ』


 聞いた女子生徒の名前から生徒名簿を検索した春村は該当する画像写真を目の前に表示した。セミロングの美人系の顔立ちをしている。


 半透明の画面を表示させながら春村は女子生徒の人質を一人ずつ目で追った。すぐに当人を見つける。


「わかった。どこに連れて行けばいい?」


『倉庫の前まで連れてきてくれ。後は僕が連れて行く』


「それじゃ、あー、ちょっと別の質問をしていいか? マサは動画を編集できるか?」


『動画編集かい? そりゃまぁ人並みにはできるけど』


「助かる! それじゃぜひ一つ編集してほしいものがある。自分たちが今撮影した政府への要求動画なんだが、得意な者がいなくて探していたんだ」


『ええ? それじゃ人質を連れて行った後でもいいかい?』


「人質は自分が連れて行く。その間に編集作業をしてほしい。早く公開したいんだ」


『まぁ、そういうことならいいけど』


「編集する動画は同志から渡す。わからないところがあったら同じ同志から聞いてくれ」


『それじゃ、僕はこのまま用務員小屋に入るから、ケニーは直接地下に行ってほしい』


「承知した」


 思わぬ適役者が現れたことに春村は喜んだ。これでより効果的に政府へ要求を突きつけられると期待する。


 通話を終えた春村は教壇から人質側に目を向けた。先程確認した女子生徒に声をかける。


「藤山智代、前へ出ろ」


「え、私?」


「そうだ。今から自分と一緒に来てもらう。最初に言っておくが、別に粛正するわけではない。別の同志の作業に協力してもらうだけだ」


「そんなの私したくない!」


「お前の意見は聞いていない。そして、拒否した場合は強制的に連れて行く。自分で歩くか、引きずられるか、どちらかを選べ」


 いきなり選択肢を突きつけられた智代は身を震わせた。顔が強ばり、席でじっとしたままだ。しばらく沈黙が続く。


 誰もが黙っている中、一人の黒い覆面をした男が智代に近づいた。斜め後ろから小銃の銃口で頭をつつく。


 怒りとも悔しさとも受け取れるような表情の智代は立ち上がった。ゆっくりと教壇へと向かう。春村のそばに来ると立ち止まった。


 それを見た春村が大きくうなずく。


「賢明な判断だ。念のために言っておくが、途中で逃げようとは思うなよ。ついて来い」


 返事を聞かずに春村は踵を返すと教室から出た。その後を智代が嫌そうに歩く。


 廊下には二人の足音だけがやけに響いた。




 暗く埃臭い研究所跡に入った途端、ケニーは眉をひそめた。しかし、何も言わずに四人の同志に囲まれたまま智代と共に歩く。


 地下二階の金庫室近くになると薄暗い電灯が所々点いるのでライトが不要になった。一部には戦いの後が残っており、機関銃の残骸や弾痕が床や壁にある。


 目的地にはPJと六人の同志たちが立っていた。緊張した様子はない。


 自分に目を向けてくる仲間にケニーが声をかける。


「PJ、セキュリティシステムはもう排除したのか?」


「この辺りはな。しかし、なんでお前が来たんだ? マサはどうした?」


「マサには用務員小屋で自分たちの動画を編集してもらっている。その代わり自分がこの女子生徒を連れてきた」


「ま、連れてきたんなら何だっていいさ。こいつか。名前は?」


「名簿では藤山智代とあったな。で、この生徒ならその扉が開けられるのか?」


「それを今から確認するところだよ。おい、藤山、こっちに来い」


 声をかけたPJは智代が自分の前にやって来るのを待った。じっとして動かない智代に対して、若干目元を険しくして警告する。


「てめぇが望んでここに来たわけじゃねぇのは知ってる。が、協力しねぇってんなら、とりあえず指の一本か二本をへし折って協力したくなるようにしてやるぜ?」


 硬い表情の智代がPJの前までやって来た。仕方なくというのがよくわかる態度だ。


 その様子を鼻で笑ったPJが電子施錠端末機キーデバイスを手に言葉を続ける。


「いい子だ。そのまま最後までおとなしく従えよ。さて、時間がねぇから本題にはいるぞ。オレたちはこの金庫扉を開けるためにこの電子施錠端末機キーデバイスを使ったんだが、中にウイルスが仕込んであって開けられねぇんだ。これはてめぇがやったんだな?」


「ウイルス?」


「そーだ。こいつは画面に押さえた指紋を読み取って扉側にそのデータを送ってその結果を受け取るようになってるんだが、ウイルスがそれを邪魔するんだよ。戻って来たパケットを破棄して空のやつに差し替えてるってな。しかも削除しようとすると増殖するオマケ付きだ。大した腕じゃねーか、ああ?」


「なんで私がそんなことをしたって決めつけるんですか?」


「てめぇがこの電子施錠端末機キーデバイスを家に持って帰っていじったからだよ。ここからこれを盗ってきたガキから借りたんだろ? 知らねーとでも思ったのかよ?」


 明らかに顔が青くなった智代が一歩退いた。小さく顔を横に振る。


「借りたのは確かですけど、中に何があるのか見ただけです」


「何があった?」


「古いOSといくつかのアプリケーションだけでした。でも、あんまり面白そうなものはなかったからそれで見る気をなくして、そのまま返しました」


「そーゆーウソはいいんだよ。それともとりあえず手足でもへし折っとくか?」


「本当です! 本当にそれだけしか見ていません!」


 必死で訴える智代の言葉を無視してPJはその頬を張り倒した。床に倒れたその髪の毛をわしづかみにして無理矢理顔を上げさせると、怒りに染まった目を近づける。


「ウソはいらねぇっつってんだろ! さっさとウイルスを消せ!」


「私じゃありません! ウイルスなんて仕掛けてないです! 信じて」


「藤山、生徒名簿から個人情報をここへ来るときに覗いたんだが、コンピューター系の技術に興味があるそうだな。プログラミング大会というのにも参加して優秀な成績を収めたそうじゃないか」


 それまで黙って二人の会話を見ていた春山が智代に声をかけた。それから目を向けてきた智代にゆっくりと近づく。


「自分も押し問答を見て時間を浪費する気はない。その電子施錠端末機キーデバイスに細工をしたのか?」


「してません! 中にあるOSもアプリケーションも全然わからないままウイルスなんて仕掛けられるわけがないです。それに、こんな何十年も前の端末機デバイス、一晩で調べられるわけがないじゃないですか!」


「だったら、誰がやったんだ?」


「知りません! 私はこれを友達から一晩借りて返しただけです!」


「その友達というのは誰なんだ?」


「それは」


「これを盗ってきたっていうガキだ。名前はなんつったっけな?」


 今度はPJが春村と智代の会話に割って入ってきた。いらついているのが態度でわかる。


「この藤山の知り合いなのか?」


「マサが言うにはな。あいつなら名前も覚えてるだろうよ。ただ、学校外にいるらしい」


「学校を休んでいたのか」


「いや、人質対象外ってことでてめぇらが追い出した中にいたんだと」


「なんだと?」


 意外な事実を突きつけられた春村は目を見開いた後、顔をしかめた。それから大きくため息をつく。


「とりあえず、そいつでこの扉を開けられないか試したらどうだ?」


「そうだな。それでダメなら上に戻ってこいつのダチってのを誘き寄せよう」


「できるのか? わざわざ危険なところに戻って来るとも思えないが」


「やるしかねぇだろ。でなきゃこの金庫扉が開かねぇんだ」


「本当に開くのか怪しくなってきたな」


「今更何言ってんだ。何としても開けるしかねぇだろ」


「こんな子供に振り回されて。まぁいい。とりあえずさっさと試してみてくれ」


「わーったよ」


 不機嫌なPJが電子施錠端末機キーデバイスを金庫扉の中央にはめ込んだ。それから智代を小突いて前に立たせる。簡単に説明して右手の三本の指を画面に添えさせた。しかし、やはりエラーメッセージが表示される。PJは大きくため息をついた。


 何とも言えない表情の春村は智代を促して踵を返す。その顔は苦虫をかみつぶしたようだった。




 地下の研究所跡に連れてきた人質の女子生徒を再び連れて春村は地上に向かっていた。背後から聞こえるわずかにしゃくり上げる声に眉を寄せる。


 せっかく計画の第一段階が成功したというのに今や春村の気分は台無しとなっていた。PJが計画の本命だと主張している研究所跡の攻略が完全に行き詰まっている。


 学校の占拠を主張して実行して春村だったが、このままの状況で政府が自分たちの要求を飲むとは思っていない。ここからもう一つ大きなインパクトを与えて初めてまともに交渉できると考えている。そのための電子生命体だ。


 正直なところ、春村は電子生命体については懐疑的である。それでもPJの計画に乗ったのは自派が瓦解寸前だったからだ。春に壊滅してからというもの、自分の求心力が日々低下していることに焦っていたのである。


 そんな藁にも縋る思いで賭けた計画の本命が、今や高校生の助けを借りないと前に進められない。崇高な革命運動に身を投じている春村からすると忸怩たる思いである。


 階段を上りきって旧北校舎の一階にたどり着いた春村はすぐ外に出た。旧校舎群の周囲を囲っている林は静かなままである。


「マサ、ああそうか、ここは学校の妨害電波の範囲だったか」


 通話が通じないことに気付いた春村はため息をついた。学校の電波妨害装置の範囲外に一旦出る必要があることを思い出す。その顔は更に渋くなった。


 用務員小屋へと足を向けた春村は林の向こうから人がやって来ることに気付く。


 転がるように駆け寄ってきたマサの姿を見た春村が怪訝そうな表情を浮かべた。息も荒く縋ってきた仲間に問いかける。


「どうした?」


「ドローンが乗っ取られて、校舎を守っていた連中もハックされて体を拘束されたんだ!」


「拘束されただと!? どういうことだ?」


「たぶん通信の信号に紛れてドローンと仲間の電子機器の中にウイルスを仕掛けられたんだと思う。そのせいで半機械人マシーナリー準機械人セミサイボーグの連中はいきなり体の中でウイルスが発症して動けなくなったんだ」


「バカな、こっちだってその対策はしてたんだぞ? しかも更に学校のネットワーク回線は遮断して妨害電波で仕掛けられないようにしていたというのにか?」


「それが不思議なんだよ。一体どこからしかけたんだか」


 春村の脳裏によぎったのは内部犯の仕業だった。しかし、制圧された同志が裏切ったとはさすがに思えない。PJとマサは主犯格なので裏切るもなにもない。


 そうなると、外部から何者かが侵入して仕掛けたということになる。しかしそうだとしても、妨害電波を発するドローンの特定の周波数を掴むのはほぼ不可能だ。


 いくら考えても納得できる答えにたどり着けない春村は苛立たしげにマサへと尋ねる。


「お前はどうして無事だったんだ?」


「動画編集をしているときは外との接続を切っていたんだ。そうしたら、銃声が聞こえてきたから様子を見ようとネットワーク回線にアクセスしたらいきなりウイルスが侵入してきたんだ。危うくやられるところだったけど、慌てて切断してから駆除してようやく動けるようになったんだよ」


「同志はどうしてる? 人質は!?」


「仲間は校舎内で倒れてるよ。動けなくてもがいているやつもいた。人質は教室から出ようとしたところまでは見たけど、たぶんもう」


「なんということだ!」


 自分の成果が台無しになったことに春村は目を剥いた。更に同志が犠牲になったことで憤怒の形相となる。


「ケニー、気持ちはわかるけど、今この旧北校舎から離れない方がいい。ここの屋上にある電波妨害装置のおかげでウイルスが防げているから」


「では黙って見ていろというのか!?」


「そういうわけじゃないけど、今外に出たらウイルスに感染しかねない。あそこはもう僕たちの制圧地域テリトリーじゃないんだ」


「ぐっ、くそう!」


 突然襲いかかって来た苦境に春村は歯噛みした。全身に力を入れて衝動を抑える。


 そんな切羽詰まった二人を見ていた智代はマサを見て目を見開いた。校内でたまに見かける用務員だとすぐに気付く。


 しかし、驚く智代を気にする余裕は春村にもマサにもなかった。

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