PJのログ4:決行、失敗、提案

 この日を決行日と定めたPJたちはマサの手引きによって堂々と学校に侵入した。工事の業者と偽り、人数の多さを誤魔化すために二つの業者に扮して別々にである。


 先発組八人はワゴンとトラックに分乗して学校の北東にある裏門から入り、目の前の駐車場に自動車を停めた。六人がワゴンから降りるとトラックに乗ってた二人と合流して偽装した軽戦闘用ドローンを学校の敷地内の各地に持っていく。


 後発組二十三人はワゴン四台で同じ駐車場に後からやって来た。先発組が一般的な作業服を着ていたのに対し、こちらは黒い覆面をした完全武装である。


「同志よ、周波数は合わせているな。間違うと通信できなくなるから改めて確認しろ」


「ケニー、いや、今は同志春村って言った方がいいのか? 準備ができたんならマサに連絡するぜ」


「どっちでもいい。準備はできてる。いくぞ、PJ」


「オーケー。マサ、作戦開始だ」


 それぞれの通信相手と連絡をしながらPJとケニーは言葉を交わした。その直後、四台のワゴンから次々と黒い覆面の兵士もどきが出てきて散って行く。


 同時に通信状態が少し悪くなった。特定の周波数だけ妨害しないよう電波妨害用ドローンに設定してあるが完璧ではない。


 黒い覆面を被ったケニーが中校舎に向かうのを見もせずにPJは真西へと足を向けた。北校舎の北側を歩いているとドローンがいくつか反対方向へと飛んでいく。校舎から発砲音と生徒の悲鳴が聞こえてきた。


 プールの北側に広がる林の手前で立ち止まったPJはマサへと通信する。


「今からそっちに向かう。倉庫の北側にある小屋でいいんだよな」


『そうだよ。プールの辺り で旧北校舎の屋上にあ 電波妨害装置の範囲 入るから気を付けてくれ』


「了解。たまに飛ぶな。これがそうなのか?」


 たまに聞こえなくなる音に眉をひそめながらPJは再び歩き始めた。合流しないことには始まらない。


 用務員小屋の中では、マサが自分の周りにいくつもの半透明な画面を表示させていた。PJが姿を現すとちらりとそちらへと目を向ける。


「空いてる椅子に座ってくれ」


「ケニーたちの様子はどうだ?」


「順調だよ。そもそも抵抗できるやつがいないんだから当たり前なんだけどね」


「そりゃ良かった。となると、予定通り地下へ潜れるわけか」


「だと思う。後は人質を中校舎の二年B組に集めて八人で守って、北、南、東の校舎はそれぞれ四人ずつ配置。更に各校舎の外側をドローンでその周囲を固めればいい。学校の周囲は背の高い木で覆われていて外は住宅街だから背の高い建物はない。短期戦ならこれでいいんじゃないかな」


「なら、ファーストステージ終了で十人をこっちに回させて出発だ」


「電波妨害用ドローンはちゃんと動いていたかい?」


「ああ、オレたちの周波数だけ通じてる」


「だったら後は待つだけだね」


 椅子に腰を下ろしたPJは黙るとマサの仕事ぶりを眺めた。


 学校のネットワーク回線は既に遮断されていて利用不可と表示され、校舎内の監視カメラから各地の状況がリアルタイムで多数の半透明の小画面に映っている。電波妨害用ドローンの機能は有線ネットワーク回線には影響を及ぼしていないのだ。


 運動場で授業を受けていた生徒たちは全員が正門へと追い立てられている。更には体育館からも生徒が姿を現した。校舎からも続々と制服姿の生徒が出てきて外を目指す。


 校舎、体育館、運動場から教師と生徒を追い出し、更に学校の敷地内を一通り確認したところで月野瀬高等学校の制圧は完了した。


 校内が落ち着いたところでケニーからマサに連絡が入る。


『マサ、こっちは予定通り作業を完了した。今からそっちに同志を送る』


「了解。学校のシステムの管理者権限は渡しておくから好きに使ってくれ。そちらの人員と合流したら研究所跡に向かう。直接通信できなくなるからそのつもりでね」


『わかった』


 通話が終わるとマサがPJに向き直った。同時に表示されている半透明の画面が一斉に消える。


「外と比べて通信がクリアだったな。無線じゃなくて有線経由だからか?」


『そうだよ。ここからだと学校のネットワーク回線にアクセスできるからね。校舎内にいるケニーたちに連絡するならこっちの方が確実だよ。設備が充実しているしね』


「なんだっていいさ。それよりとも、ようやくオレたちの出番ってわけだ」


 にやりと笑ったPJが椅子から立ち上がった。踵を返し、軽い足取りで小屋の外に出る。


 すぐにケニーから派遣された十人はやって来た。黒い覆面を被った完全武装の男が五人、同じく黒い覆面を被った作業服の男が五人だ。合流すると全員で旧北校舎へと向かう。


 旧北校舎の南側に着くと、入り口の脇に金属製の盾が五つ重ねて立てかけてあった。長方形で鈍い銀色をした無骨なもので、人一人が隠れられるのぞき穴付きの大きな盾だ。


 作業服を着た五人の男が一つずつそれを持ち上げると、マサを先頭に旧北校舎へ入る。更に鉄製の扉を開けて階段を下りたPJたちはひたすら下を目指した。


 研究所跡に入り、地下二階にたどり着くとPJがマサに告げる。


「マサ、二組連れて非常用電源設備室に行け」


「わかった。今から十分後に電源を入れるから、そのつもりで」


 PJとマサがお互いにうなずくと、完全武装の男と盾持ちの男の組が分かれてそれぞれに続いた。その動きに淀みはない。


 六人の男を引き連れたPJは金庫室の前にたどり着いた。前に来たときと同じく真っ暗で静かだった場所が騒がしくなる。


「二組は通路の両側を固めろ。一組は金庫扉の前でオレを守れ。時間は、あと二分か」


 金庫の前に立ったPJは義眼の内部に表示しているデジタル時計に意識を向けた。その間にパーカーのポケットから黒い電子施錠端末機キーデバイスを取り出す。


 ケニーから送られてきた六人の男たちは指定された場所で片膝を付いて待機していた。盾を持った男の後ろに小銃を持った男が隠れている。


 三十秒を切った時点でPJも片膝を付いた。端末機を取り付ける場所が頭上より少し高めの位置になる。いささか解錠作業がやりにくいが、電源復活直後にセキュリティシステムにやられるよりかはましだ。


 十秒を切った。PJは改めて黒いそれを見る。


 予定の時間になった。しかし、周囲に変化はない。ぶっつけ本番の作業なのでトラブルが発生することは想定済みだ。


 しばらくすると、通路の右側の奥に変化があった。薄暗いながらも天井の電灯が順次点き始めたのだ。もちろん歯抜けのように点かない電灯もある。しかし、通電しているのは明らかだった。


 その光景にPJが口元をゆがめる。


「よし来た!」


 金庫室前の電灯が点き、更に通路の左側へと伝染するかのように明かりが点いていった。


 しかし、良いことばかりではない。電源が復活して稼働するのは電灯だけではないのだ。まだ生きていたスピーカーから割れた音が聞こえる。


『セキュ ティシス ムを起動 ます。IDが検知で ない人物は排 します。職員および 関係者は Dを明示して ださい』


「んなもん、持ってるわけねーだろ」


 スピーカーから聞こえる警告をPJはせせら笑った。その間にも、まだ生きているセキュリティシステムが稼働する。


 最初に現れたのは、天井近くの壁からり出してきた銃器だ。一つは実弾系の機関銃であり、もう一つは光学系のレーザー銃である。


 それらが現れた瞬間、完全武装の男たちが発砲を始めた。体の半分近くを機械化した半機械人マシーナリーである男たちは補正された照準に従って正確に防衛装置を破壊していく。しかし、さすがに三人では一度にすべてを破壊できない。


 生き残った防衛装置のうち、実弾系の機関銃が発砲を開始する。狙いが正確なものはほとんどなく、大半がずれていた。それでも通路の左右からの同時攻撃は恐ろしい。盾にはいくつもの弾丸が当たっては跳ね返った。


 解錠作業どころではなくなったPJはうずくまるようにしゃがんで舌打ちをする。


「くっそ、ある程度死んでてもこれかよ!」


 電子施錠端末機キーデバイスを握りしめたPJが唸った。まずは生き残ることを優先して周囲を見る。


「レーザー銃は撃ってこねぇから無視しろ! たぶん出力不足だ! それと、目詰まりした機関銃も後回しでいい! 撃ってくるヤツを優先しろ! おい、ガードロボットは見かけたか!?」


「まだだ! 錆びて動かねぇんじゃないのか?」


「だといいけどな! お、攻撃が緩くなったな。弾切れか、それとも目詰まりしたか?」


 想定していたセキュリティシステムの一つが姿を現さないことにPJは気を良くした。更に機関銃による攻撃も急速になくなり、身の危険が遠のくのを実感する。


 何にせよ解錠できる環境が整った。PJは金庫扉に向き直って電子施錠端末機キーデバイスをはめ込んだ。すると、画面が通電したときの何となく明るい黒に変化し、画面に文章と記号が現れる。


 散発的に発砲音が聞こえる中、PJは右手の三本の指を画面に接触させた。一瞬、静電気を感じたときのような感覚があった直後に、『登録外の方では解錠できません』というエラーメッセージが表示される。PJの指紋は登録されていないのだから当然だ。


 そのメッセージを見たPJは笑顔のままだった。一旦指を離してから再び画面に接触させる。すると、再び同じエラーメッセージが表示された。


 今度は怪訝な表情を浮かべたPJがつぶやく。


「おかしいな。開けられねぇ」


 何度か同じ動作を繰り返したPJだったが、返ってくるのは同じエラーメッセージばかりだった。一向に先に進めない。


「おいお前、マサを呼んでこい! 電気は点いたから電源の方はもういい!」


 不機嫌になったPJは近くにいた完全武装の男に命じた。その男はうなずくと盾を持った男と一緒に通路の奥へと消える。


 しばらくの後、マサが六人の男たちに囲まれて姿を現した。PJに近づくと困惑気味に声をかける。


「解錠できないんだって?」


「ああそうだ。お前も試して見ろ」


 機嫌の悪いPJがマサに顎をしゃくった。


 言われるがままに金庫扉の前に立ったマサははめ込まれた電子施錠端末機キーデバイスに右手の三本の指を接触させる。すると、静電気を感じたときのような感覚があった直後に同じエラーメッセージが表示された。再び試してもメッセージに変化はない。


「おかしいな。一度目の認証でデータベースの指紋データを盗ってきて、二度目でそれを使うようにしているはずなんだけど」


 金庫扉から電子施錠端末機キーデバイスを外したマサは、作業服のポケットから配線を取り出して外部接続の端末に取り付けた。反対側を自分の右耳の根元に取り付ける。


 しばらくじっとしていたマサはいきなり目を見開いた。慌てて配線を耳元から外す。


「うそだろ!? なんでウイルスなんて入ってるんだ!?」


「なんだと?」


「ちくしょう、誰がこんなことを! 最初から? いやしかしなんでそんなことを」


「おいマサ、わかるように説明しろ!」


「ぼくが作ってこの中に入れたプログラムは今も正常に動いている。けど、元々仕込んであったらしいウイルスが扉から戻って来たパケットを破棄して空のやつに差し替えてるんだ」


「ウイルスは排除できねぇのか?」


「やろうとしたけどダメだったよ。削除してもすぐに復活するどころが増えるし、こっちにまで侵入しようとするんだ」


「誰がこんなふざけたマネを!」


 話を聞いたPJ怒りで顔をゆがめた。あと一歩というところで予想外の問題が行く手を阻む。しかし、このまま諦めるわけにはいかない。


 周囲ではほとんど銃声がしなくなっていた。十人に増えたケニーの同志たちは周囲を警戒したままだ。


 落ち着きのなくなったPJが黙っていると、しばらく考え込んでいたマサが口を開く。


「可能性は低いが、どうにかできるやつに心当たりがある」


「誰だそれは?」


「前にその電子施錠端末機キーデバイスを取り上げた子供の話をしただろう? ここから持ち出してから僕たちが手に入れるまでの間に何かした可能性がある」


「ガキにそんなことができるのか?」


「あの子供ができるかどうかはわからない。けど、できる可能性はある。ただ、どうやって呼びつけたらいいものか」


「んなもん人質の中から、人質の中にそいつはいねぇのか?」


「リストを見たけどいないね。今頃は学校の外だろう」


「ちっ、うまくいかねぇな!」


「でも、もう一人これに細工ができる生徒がいる。というより、ちょっと調べたらこいつの方が何かやってる可能性が高い」


「誰だよそれは?」


「これを取り上げた子供の友達だよ。以前監視カメラで仲良くしてたのを見たことがある。その子が一晩借りて中を見たそうだ。この子なら人質の中にいる」


「だったら早く連れてこい!」


「わかったよ」


 うなずいたマサが踵を返して歩き始めた。四人の男たちがその周囲を守る。


 その後ろ姿をまだいらついた様子のPJがじっと眺めていた。

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