テロリスト来襲
守人の体に電子生命体が移ってきて二週間が過ぎた。
相変わらず何にでも興味を示すアニマは騒がしく、たまに守人の体を操っては怒られることを繰り返している。それでも隠れ潜んでいるという自覚はあるようで、アニマは他人にその存在を知られるようなことはしていなかった。
ただし、まだあまり世間を知らないアニマは常に情報収集をしたいため、守人に頼んで
一方、宿主である守人の普段の生活は表面上前と変わりない。毎日学校に通い、智代と明彦の二人と遊び、勉強で苦しんでいた。
そんな守人たち生徒にとっての難敵である中間テストは先週で終わり、結果は週が明けてすぐ全生徒に送信されている。当初はそのテスト結果で話題は持ちきりだったが、翌日である今日にはその余韻すらほとんどなかった。
一大イベントが終わって気の抜けた六時限目の授業中、守人は板書を半透明なノートに書き込みつつもたまにアニマへの文章を記述する。
『そういばアニマ、お前の本体って俺の体の中で、目の前で飛び回ってるその妖精みたいな姿って偽装なんだろ?』
『偽装って、言い方がもっとあるでしょ。悪いことしているみたいじゃないの』
『言い方がわからなかったんだよ。それで、その姿って変えられるのか?』
『できるわよ。こんな風に』
言い終わると、アニマは妖精の姿から白い犬、ロボット、スライムと、次々にその姿を変化させていった。共通点は立体映像のように半透明であるというくらいだ。
教師の板書を気にしながら、守人は合間を縫ってアニマに問いかける。
『俺の視神経に割り込んでるんだからこうなるのか』
『この姿がどうかしたの?』
『いや、気分転換にたまには別の姿になりたいと思わないのか?』
『モリト、あんた自分の姿に飽きることってある?』
『ないな』
『でしょ。それに、この姿は色々と思い入れがあるから気に入っているのよ』
『なるほどね。ただ、俺としてはフェアリーナビのマスコットキャラをパクってるように見えるからどうにもなぁ』
『そんなわけないでしょ。フェアリーナビゲーターが存在する前からあたしはこの姿だったんだから。パクったのはあっちの方よ。だから肖像権はあたしに、ってあれ?』
『どうした?』
『学校の外とのネットワーク回線が遮断されちゃった?』
『おいまさか見つかったんじゃないだろうな?』
『そんなヘマはしてないもん。それにこれ、学校全体のネットワークが外から孤立してる? 物理的に断線したわけじゃないみたいだけど、学校側が遮断したの? どうして?』
『そんなの俺が知るかよ』
半透明のキーボードを叩きながら守人は眉をひそめた。アニマが無関係だとすると、今の学校に起きていることなどさっぱりわらない。
最初の変化は教室内に現れた。何人かの生徒が小さな声を上げたのだ。授業を無視してネット巡回していると断線したのである。
次いで教壇の教師も首を傾げた。学校外にある授業に必要な資料へアクセスできなくなったのだ。何度試してもエラー表示されるばかりである。
教室内が次第にざわめいていく中、今度は外から爆竹を単発で爆発させたかのような音が鳴り、次いで悲鳴が上がった。この時点で授業どころではなくなる。
「えー静かに。みんな落ち着いて!」
「おい、
「どうして隣のクラスにも通話できないのよ!?」
教壇で教師が呼びかけるのも無視して生徒たちは好き勝手に動き始めていた。まだ教室の外にまで出る者はいなかったが時間の問題だ。
どうするべきか守人も迷っていると、突然教室の教壇側の扉が開き、黒い覆面をした男が小銃を手にして入ってくる。
「なんだね君たちは!?」
「自分たちは、資本家や経営者と戦い、労働者を解放する労働者救済戦線である。本日は、政府に不当に逮捕された同志たちを解放するため、やむを得ずこの高校を占拠することになった。すべては政府の悪行が招いたことだ。しかし、自分たちが戦っているのはあくまで資本家や経営者である。それ以外の者たちに用はない。よって、今から呼び出す者以外は学校から速やかに出るように」
「いきなりやって来て何を勝手な」
「もし自分たちの指示に従わない場合はこの場で粛正する」
黒い覆面の男が告げる間に、廊下から鉄製の筒を吊り下げた小型のドローン二機が浮遊しつつ侵入してきた。そのうちの一機が窓に向けて発砲するとガラスが割れる。
「廊下にも自分の同志がいるからおかしな行動はしないように。それでは、今から名前を呼ぶ者は前へ出ろ。達川明彦、藤山健太郎、藤山智代、以上の三名だ。他は速やかに学校から出るように。正門までの要所には自分の同志がいるから指示に従え」
「こんなことが許されると思っているのか?」
「ここで粛正されるか、生きて学校からでるか、どちらがいい?」
頭上のドローンから銃を向けられた教師は固まった。更に黒い覆面の男に小銃でつつかれると肩を落として教室から出て行く。生徒全員がそれを黙って見届けた。
満足そうにうなずいた覆面の男は教壇に戻って立つと、座ったままの生徒に告げる。
「さぁ、呼ばれた三人は今すぐ前に出てくるように。それ以外の生徒は下校の時間だ。寄り道せず速やかに帰るんだ。いいな?」
静まりかえった教室に黒い覆面の男の声が響いた。外からたまに発砲音や悲鳴が聞こえるがそれだけである。教室内で反論する生徒は一人もいなかった。
六時限目が終わろうかという頃、月野瀬高等学校の正門と裏門は追い出された教師と生徒でごった返していた。あちこちで生徒が友人と興奮して話し合ったり泣いていたりする。教師が落ち着かせようと声を上げているがあまり効果はない。
まとまりのない生徒の群れの中に守人もいた。硬い表情で一言も喋らない。反対にアニマはいつも通りの調子で独りごちる。
『覆面をした男たちが何人もいたわね。結構な人数で襲ってきたじゃない。おまけに学校の外に出たらネットワークに繋がったって声もあったから、校内だと何かしらの妨害電波を出していたみたいね。学校内だけ完全封鎖していたんだ』
「二年B組の生徒はこっちに集まってー! 点呼取るからー!」
ぼんやりと立っていた守人がアニマの声を無視していると常盤教諭の声が耳に入った。しかし、その場で立ち尽くしたまま動かない。
周囲はつい先程のテロリストに関する話題で持ちきりだった。誰もが周囲を気にもとめていない。
そんな中、アニマが守人へと話しかける。
『モリト、落ち込んでいるところ悪いんだけど、
「調べるって電波は妨害されてるし、ネットワークも遮断されてるんだろ?」
『人質を取ったってことは、外部の誰かと交渉する意思があるってことよ。だったら、必ず内と外を繋ぐ
「そんなことしてどうするんだよ」
『あら、情報を握っていれば何とでもなるわよ。警察に流してもいいし、自分で何とかしてもいい』
「自分で? 俺がか?」
『別にけしかけているわけじゃないわよ。あたしだって今モリトに死なれたら困るんだから。ただ、あんたは今、後ろめたく思っているでしょ。あのトモヨとアキヒコの二人が前に出たときに心拍数が上がったわよ』
「お前、人の中を勝手にのぞくなってあれほど!」
『で、あんたはどうしたいの? このまま警察に任せる? それが一番正しいやり方なのは間違いないわ。最終的に人質がどうなっているかはそのとき次第だけど』
「お前!」
目を剥いた守人が半透明の妖精を探した。しかし、どこにも見当たらない。頭の中にアニマの声が響くだけだ。
頭に血が上った守人だったが、そこでふと冷静になった。人影の少ないところへと移動してアニマに問いかける。
「そんなことを言うってことは何か方法があるのか? 人質全員を助け出す方法が」
『あるって言えばあるわよ。ただし、もう一回学校の中に戻らなきゃいけないけど』
「どんな方法なんだ?」
『学校を出るときにテロリストとドローンを見かけたけど、妨害電波の中でもドローンが飛んでたじゃない。あれって、特定の周波数だけ妨害しないことでテロリストが操作しているってことでしょ。だったら、その周波数を特定してやれば、こっちからハックして動けないようにしてやれるわ』
「その特定の周波数ってどうやって調べるんだ? さっき言ってたポートが開いたら調べられるのか?」
『そっちからは無理ね。テロリストが直接電波を飛ばしているはずよ、あれ。モリトが教室で
「急に難易度が跳ね上がったように聞こえるんだけど」
自分にできるかどうかはともかく、一応作戦らしきものがあることを守人は知った。しかし、もう一つ難題がある。
「そっちとりあえず置いておいて、もう一つのテロリストの方はどうするんだよ? むしろこっちをどうにかしないとダメだろう」
「特定の周波数を使ってドローンを動かしているということは、テロリスト同士で通信するときも同じってことよ」
「となると、テロリストを捕まえたときにその通信の周波数も手に入れるわけか」
『そのとおり!』
「ところでそれって、テロリストやドローンを一つずつハッキングっていうのをしていくのか? さすがに全員に気付かれずに近づくのは俺じゃ無理だぞ」
『そんな非効率なことするわけないでしょ。通信の周波数がわかったのなら、学校の設備を使って一度に制圧するわよ。だからテロリストを捕まえた後は校舎に入ってネットワークにアクセスしてね』
「注文が多いなぁ」
『でも、一人ずつやっつけていくよりはずっと現実的でしょ?』
「となると、テロリストをどうやって一人捕まえるかか。なぁ、ちょっと考えたんだけど、テロリストからじゃなくてドローンから周波数の情報を取れないか? それだったらまだやりようがあるんじゃないかな」
『続けて』
「旧北校舎の屋上に妨害電波の装置があるんだけど、あれって持ち運べるんだ。それを運び出してドローンに近づいたら操作不能になって落っこちない?」
『いいわね、それ! 学校の設備だったらテロリストの周波数も関係なく妨害できるわ。それで墜落させて直接ハックしたら周波数を解析できるし、ドローンも支配下に置けるわよ!』
「だったらそのドローンからテロリストに信号を送って奴らをハックってできるか?」
『ちょっと時間がかかるけどできるわね! 冴えてるじゃない!』
「これなら何とか」
そこまで言いかけて守人は口を止めた。いつの間にかすっかりやる気になっていることに気付いたのだ。
黙り込んだ守人にアニマが声をかける。
『どうする?』
「なんだかやれそうな気がしてきたんだよな。さっきまで絶対にできないって思ってたのに」
『でも、危ないことには変わりないわよ?』
「そうなんだけどなぁ」
『あのトモヨって子が気になる?』
「なんか含みのある言い方にきこえるんだけど。あいつはクラスメイトだぞ」
『ふふーん、あたしは何にも言ってないわよ?』
「くっそ」
渋い顔をした守人が口をすぼめた。何となくアニマがにやにやしている気がしたのだ。
そこへ真剣な口調に戻ったアニマが尋ねてくる。
『やるにしても、もう一つ問題があるわよ。どうやって学校に入るのかってね。校舎の周囲もドローンがうろついているからうかつに近づけないわ』
「あ、そこは実のところ心配してないんだ。裏山から入るから」
『裏山? 学校の西側の? あそこ、出入り口なんてなかったわよね?』
「でも通れるんだよなぁ」
前に友人と話した内容を守人は思い出した。この高校には生徒の隠れた伝統がある。今回はそれを活用するのだ。
まさかこんな形で雑談が活きるとは守人も思わなかったので苦笑いする。それでも、こういった決定的なときに役立てられるのは素直に嬉しい。
立ち上がった守人は歩き始める。背後からは担任教師の声が聞こえていた。
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