昨日の私、ありがとう。明日の私、頼んだぞ。

CHOPI

昨日の私、ありがとう。明日の私、頼んだぞ。

 窓の外を見ると、すでに暗くなり始めていた。慌てて時計を見ると、示されている時間は16時を過ぎたところで、この時期の日暮れの早さにほんの少しだけ、嫌気がさした。


 視線を窓から目の前のPC画面に戻す。映し出されている白紙の企画書。提出は明後日までだというのに何も思いつかない。数文字打っては消し、打っては消し、を繰り返してみるけれど、一向にアイデアが降ってくることは無い。


「お先でーす」

 隣の要領の良い後輩がこちらを横目に帰っていく。

「お疲れ様ー」

 そう返しつつ、だけどその後輩の方は見なかった。足音でこのフロアから出て行ったことを確認して、そこで一人、ため息をついた。心の中で始まる、17時の定時までのカウントダウン。もう今日はダメな日だった。こういう日はどんなに足掻いたところで無駄に終わる。さっさと帰って、明日の自分が頑張ればいい。早々にそう諦めた。そうして迎えた17時。定時を迎えて荷物をまとめ、さっさとコートを羽織って、自分も足早に会社を抜けた。


 外に出るとすでに日は完全に沈んでいて、あたりは大分薄暗くなっていた。時折吹く風の冷たさに思わず驚く。“昼間、あんなに暖かいのに”、そう思いながらネックウォーマーを深めに被る。会社の最寄りの駅に着くと、地下鉄だからだろう、吹いてくる風が温かく、少しだけネックウォーマーを緩めた。


 ここ最近一気に冷え込んだ、とはいえ、こうやって地下鉄だったりを利用する身としては本当に服装に困っている。自宅の最寄りは外のホームだから寒さ対策をしているけれど、会社の最寄りは地下の影響でホームが温かいのがデフォルトだから。電車の待ち時間、暑く感じる事さえある。


 回らない頭を抱えつつ、やっとの思いで家に着く。お腹が減った、ことだけは認識しているけれど、これと言って食べたい物も無い。めんどくさい、でも今更、もう一度外に出るのもめんどくさい……。体力も気力もギリギリの中、冷蔵庫を開けた。


『せめて温めろ!』

 そのメモを見て「昨日の自分、マジでよくやった……」、と他人事のように思った。冷蔵庫を開けてすぐ目に入った、昨日の自分のメモとタッパー。その中はポトフが入ってる。数食分まとめて作ったそのポトフを一食分、お皿に移してレンジで温める。その間に最後の気力を振り絞って、テーブルとソファを整えて、スーツから部屋義に着替えつつ、弱めに暖房を入れた。そこで“チンッ!”と小気味良い合図が鳴ったので、レンジを開けてポトフを取り出す。


「いただきまーす」

 昨日の偉大な自分に感謝をこめて言うと、脳内で『どうぞー』って言う自分の声が再生された。スプーンでスープをすくって、ゆっくり口元に運ぶ。

「……うまー……」

 なんてことない、コンソメ味。具材だっていたってシンプル。でもその温かさが、疲れた体に染みわたっていって。


「今日の自分、おつかれさまです……」

 何もする気力がわかなくて、食べ終わった食器を流しに突っ込んで、今日はもう見ないフリ。ソファに戻ってPCもスマホもつけず、電気を暗くして天井をぼーっと眺める。自分だけに合わせた暖房設定が心地よくて、シーツを被るとウトウトと微睡んでしまう。


 ――……後は明日の自分、頼んだわ。

 蕩け始めた思考の片隅、「ふざけんなよ!」って明日の自分が叫んでいる声が聞こえた気がした。

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