第7話 白馬の王子サマはいない

「私の叔母は現王妃です。ティナ様のように白馬に乗った王子様に憧れて、現国王と結婚しました。しかし現実として王は側妃様だけ愛された」

「アンジュ、君の叔母上が現王妃……。し、しかし現王妃は番ではないから仕方ないだろう」

「番ではないから仕方ない? 変ですね。それが通るなら、初めから番以外は娶らなければいいではないですか。番以外の結婚は禁止でもいいですよね?」


 もちろん禁止できない理由も知ってはいる。

 すべての者が平等に番に巡り合えるわけではないからだ。

 しかしこうやって結婚をした後に運命だと言われても、残される当事者たちからすれば悲劇でしかない。


 それに今初めて私が現王妃の姪だと知ったという顔。

 少し調べれば分かると言うのに、何も私のコトなど調べてはいなかったのだろう。

 運命の番という言葉にあぐらをかき、私のことなど何も知ろうとしなかったのね。


「王太后様に責め立てられ、叔母は肩身の狭い生活をしております。私はそんな王妃を領地療養させたく、今まで殿下の側におりました」

「アンジュ、何を急に言い出すんだ。いや……だがそうだとしても……。君は俺の運命の番だろう?」


 そうだとしても?


 王弟殿下であるあなたは、兄である国王の一番近くで王妃の現状を見てきたはず。それなのに、『そうだとしても』という発言が出て来るのね。


 結局殿下も、叔母を苦しめる一人にしか過ぎないということ。

 期待した私が馬鹿だった。


「アレン様、先に言っておきますが私は一度も運命の番だと思ったコトはありませんよ?」

「馬鹿な! 確かに俺は運命を感じるのに……君は俺のことを好きじゃないのか?」

「まーったく? もし、私の行動が思わせぶりだったのなら謝罪します。でも私、ヒロインに……アレン様の婚約者になる気はありませーん。だって、そうでしょう? ココには白馬に乗った王子様なんていませんもの」


 そう言いながら、私はティナ様へと手を差し伸べた。


「ティナ様、殿下は私にとって運命の人じゃないのですがどーします?」


 ティナにも伝わって欲しい。叔母の二の舞にならないためにも。

 ティナは私の顔を見上げ、じっと見つめ返した。


 きっと信じられない話ではあるし、そう簡単に殿下を捨てることも出来ないものだということは分かる。

 ティナは一瞬目を伏せ眉間にシワを寄せた後、それでも私の手を取った。

 少なくとも、彼女は救えた。私は思わず、涙ぐみそうになる。


「わたしも運命ではないようですので殿下、婚約破棄の話お受けします。では失礼いたします」


 ティナ様は殿下を睨んだ後、全て吹っ切れたような気高い顔をしていた。

 対照的に、すべてを一瞬で失った殿下の顔は蒼白だ。


 私にはもうなにを言っても無駄だと理解したのか、ティナに手を伸ばし縋すがりつこうとする。

 その姿はなんとも惨めであり、先ほどまで満ち溢れていた自信はどこにもない。

 こうなると惨めね。


「……はぁ」


 ティナの盛大なため息に私は思わず、吹き出しそうになる。

 自分の愛した人はこんな人だったのか。

 そんな言葉がティナの顔には書いてあった。


「あ、いや、その……待ってくれティナ。これは、違うんだ、違うんだ!」

「なにが違うと言うのですか、殿下」

「だ、だからこれは……そう、なにかの間違いなんだ」


 間違いでいちいち婚約破棄されたら、たまったものではないなぁ。

 ああ、でも私を運命の番だと勘違いしたというのなら話は分からなくもない。

 分からなくもないが、ティナにした仕打ちは消えはしない。


 これこそ自業自得。身から出た錆ね。ざーんねん。


「殿下ともあろうお方が、一度口にした言葉が元には戻らないことを知らないわけではありませんよね」

「ああ、いや……そう……なんだが」

「待って下さいティナ様。私も話が終わったので一緒に帰りまーす。じゃ、アレン様、お疲れ様でした!」

「貴女という人は……勝手にしなさい」

「はーい。勝手にしまーす」


 ティナ様の後に私も続く。

 うん。言いたいことも言えたし、なんだかスッキリだ。


「二人とも待ってくれ、俺は……俺は……」

「あ、アレンさまぁ、現王妃の領地療養の口添えの件お願いできると、アンジュとてもうれしいです!」

「貴女……貴女のそういうことろが、誤解を招くのだと思いますわよ」

「えー、でもティナ様、世の中あざとく生きないともったいないじゃないですか。目的の為なら使えるものは何でも使うべきだと思うんですょー」




「……まぁ、そういう合理的な考えは嫌いではないわ」




「わーい。ありがとうございます」






 ティナ様の呆れたような笑顔を見ていると、胸のつかえが少し軽くなる気がした。悪役令嬢とヒロインなんて関係ではなく、彼女となら対等な関係を築いていけそうだった。


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