67 魔人たち

 エイダンさんとニーニャさんの興奮がようやく収まると、彼らがここに来るまでの経緯を話してくれた。


 ネリクはエイダンさんの熱い抱擁が余程苦しかったのか、地面に両手両膝を突いてゼエゼエ言っている。


 ロザンナは疲れちゃったんだろう。指をしゃぶりながら私の腕の中ですやすや寝て――かっわいいんですけど!


「僕たちがおかしいなって気付いたのは、村の周りに突然魔物が現れるようになったからなんだ」


 エイダンさんによると、ある日を境に魔物が激増した。エイダンさんは、もしやネリクが森からいなくなったんじゃ、と大慌てでニーニャさんとネリクの家に向かった。


 すると、家はもぬけの殻。まさか魔人が嫌になってどこかにこっそり引っ越しちゃったんじゃないか! とエイダンさんが半狂乱になりかけた時、ニーニャさんが私が用意していた水差しの存在に気付いた。


 今にも食事をしようとしていたこんな状態で、引っ越す筈がない。これは何かあったに違いないと伝えると、エイダンさんは「いいことを思いついた!」と術式を展開。『僕のネリク追跡魔導装置』と題された魔法陣を驚くべき速さで描くと、家に残っていたネリクの服を魔法陣の中心に置いて呪文を唱えた。


「『僕のネリク追跡魔導装置』……」


 ネリクは這いつくばりながら、遠い目になっていた。


「すると、ネリクが人間の国の中心に向かってるじゃないか! 驚いたよ」

「しかもルチアちゃんもいないし、これはルチアちゃんを取り返しに来た誰かにネリクも一緒に捕まっちゃったのかな? と思ったのよね」


 そこからの二人の行動は早かった。


 ニーニャさんは村のみんなに、ネリクが白の神獣で、黒の神獣に狙われる可能性が高かったことから『反転の呪文』を掛けられていたことを話した。これまで村が平和だったのは、ネリクが白の神獣の力で瘴気から守ってくれていたから。このまま指を咥えてただ待っていたら、事態は悪転するばかりだと。


 エイダンさんはエイダンさんで、他の集落へと赴き、各拠点の長たちを緊急招集した。彼らはネリクの素性を知っている。知っていて、自分たちが黒の神獣の犠牲にされることを恐れて関わらずにいた。


 エイダンさんは、彼らを叱咤激励した。今立ち上がらなければ、自分たち魔人、いや恐らくは人間も含めたありとあらゆる生き物は魔物の脅威によって衰退していくと。


 長たちは長時間の議論の末、魔力の強い戦士たる者たちを選び、共にネリクを取り戻しに行くことに賛同した。ネリクを引き取った時に交わされた誓約書は、破かれた。


 エイダンさんとニーニャさんはすぐさま、集まってくれた戦士と有志と共にハダニエル王国の王都を目指し始める。


 魔物を倒しながら進んでいくエイダンさんたち。すると途中に立ち寄った集落の人間が、初めて見る魔人に怯えながらも、私が魔物を倒しながら王都を目指していたことを教えてくれた。


 ここでエイダンさんたちは、人さらいの目的が私ではなくネリクだったことを知る。これはきっと黒の神獣の陰謀に違いない、このままではネリクの命が危ないと、教えてくれた人間に頭を下げて道案内を頼んだ。


 涙ながらに血の繋がらない大事な弟の話をすると、最初は怯えていた人間も「これは我々にも関わることです!」と同行を決意してくれた。


 人間の協力者の存在は、魔人にとって大きかった。状況を説明してくれる人間が間に立つことで、余計な争いを避け、行軍の速度を上げることができたのだ。


 王都に到着したエイダンさんたちは、人間のやせ細り活気のない様子を見、更に真っ黒な瘴気が王都の空を覆っているのを見て、これは拙いと急いだ。


 すると突然眩い光が宙を舞い、真っ黒だった空が晴れていく。まさかこれはネリクが覚醒したのではと思った矢先に、城の方から赤黒い炎が大量に降ってきた。


 エイダンさんたちは火災が起きた場所から弱って動けなくなっている人間を安全な場所に運び出しつつ、鎮火の為に水魔法や氷魔法が得意な者を選りすぐって王都中を駆け巡る。


 城の方が延焼が酷い。中心地は城で、きっと中心にネリクと私がいると踏んだエイダンさんとニーニャさんは、炎の中を強行突破して城の敷地内へ侵入。ひたすら消火しながら炎の勢いが激しい方へ向かったところ、ネリクと幼い子供を抱いた私がいた――という話だった。


「本当にありがとうございます!」


 彼らの八面六臂の大活躍ぶりに、自然と頭が下がる。彼らが追って来てくれてなければ、王都は火の海となりハダニエル王国は破滅の道に進んでいただろうから。


 すると、話し終えた私たちの元に、魔人の男が駆け寄ってきた。


 ネリクをちらりと見て目を輝かせながら、後ろを指差す。


「聖女ってのはあんた?」

「あ、はいっ!」


 偽聖女として国外追放されたから、正確には元聖女だけど。


「なんかさ、この国の王様とか王子様とかいう人間が、聖女に会わせてくれって言ってるんだけど」

「え……?」


 今更一体何の用だと思ってしまっても、仕方がないと思う。嫌そうな顔をした私を見て、魔人の男がアハハと笑う。


「そう身構えなくても大丈夫だと思うぞ? なんか聖女に謝りたいんだってさ。でも足腰がヘロヘロで動けないらしいぜ」

「ヘロヘロ……」


 なら大丈夫かな。今の彼らに何ができるとも思わないけど、ずっと魅了に冒されていた彼らは現状把握できていないかもしれないから、少なくとも説明は必要だろう。


「分かりました。会いに行きます」

「俺も一緒に行く!」

 

 ネリクが鼻息荒く私の肩を掴むと、引き寄せた。


 振り返ると、赤い瞳が癖のある白い前髪の間から不安げに覗いている。


「……聖女に戻らないで」


 苦しそうな声色に、ネリクが何に怯えているのか気付いた。ふ、と笑うと、背伸びをしてネリクの口にキスをする。


「もう二度と聖女には戻らないよ。ネリクこそ、勝手に神様になってどこかに行かないでよ? ネリクは私の未来の旦那さんなんだから」

「……ならない! 約束する!」


 ネリクの瞳に滲むのは、これまで何度も見た涙。ネリクのものなら涙も情けなくないし、約束も心から信じられるんだ。


「えへ。……じゃあちょっと話してこようか」

「ん。俺が守る」

「頼もしいな、ふふ」


 魔人の男に案内され、私たちは国王たちの元へと向かった。

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