64 届いて
ネリクが片っ端から浄化したお陰で、先程まで黒雲がとぐろを巻いていた王都の上空はすっかり綺麗な青空に変わっていた。
晴れ渡った空の真ん中で、黒い翼の幼い少女が嗚咽を繰り返しながら泣きじゃくっている。
「ロザンナ様――いえ、ロザンナ!」
ネリクに抱き抱えられながら、ロザンナ様と呼ぶにはあどけなさ過ぎる少女に呼びかけた。
「あんたなんか大嫌い、あんたなんか……っ」
手の甲で涙を拭っても拭っても、涙はちっとも止まらない様子だ。……子供が泣いている姿は、いつ見ても胸が苦しくなる。
と同時に、怒りが沸々と沸いてきていた。
黒の一族の大人たちは、こんないたいけな子供を自分たちの都合の為に親から引き離して瘴気を浴びせ続けたんだ。許せない。
「ネリク、下に連れていってくれる?」
「ん、分かった」
ネリクに連れていってもらい、地上に降り立つ。
「ま、待ちなさいよっ!」
ロザンナが慌てて後を追ってきた。でも力が抜けているのか、ぺしゃりと地面に尻もちを突いてしまう。
咄嗟に走り寄ろうとした私の腕を、ネリクが掴んで引き戻した。
「危険だ!」
「でもっ」
「距離を置いて。近づき過ぎると守り切れないかもしれない」
「……うーっ!」
ネリクの言いたいことはよく分かる。彼女は見た目は幼い少女だけど、大分力を失ったとはいえ覚醒済の黒の神獣に間違いない。でも、歯がゆくて仕方なかった。
「ロザンナ、私の話を聞いて!」
大声でロザンナに呼びかける。ロザンナはえぐえぐと泣きながらも、顔をこちらに向けた。よし、聞いてくれてる!
「私もネリクも、このまま貴女を浄化させたくはないの!」
「あれ、俺もなの?」という小声が後ろから聞こえてきたけど、お腹を肘で突いたら黙った。喋るようになった途端余計なことを言うんだから、全く。
「う、嘘よ……っ!」
怯えたように身体を縮こまらせるロザンナ様。彼女をここまで追い詰めた奴らは――絶対許さない!
「嘘じゃない! 方法を考えたの! ネリクがしていたのと同じように、力を抑える魔法をね……!」
「嘘だーっ! みんな噓つきだもん! 覚醒したら家族で幸せになれるよって言ってたのに、あの人たちはお父さんを殺したじゃないのっ!」
「な……っ!」
そんなことを言っていたのか。覚醒時、彼女は八歳の少女だった。まだ幼い、愛情が沢山必要な時期に、愛情を餌に覚醒させようとしていたなんて――。
「ロザンナ……ッ!」
ドバッと涙が溢れてきてしまい、視界がぼやける。一歩、また一歩とよろけるようにロザンナに近付いていった。
私は産まれてすぐに母親を亡くした。父親には女児だったから不要と見做されて捨てられた。だけど私には、私を助けてくれた義理の姉がいた。私に愛情をたっぷり注いでくれた養父母がいた。
だけどロザンナには、本当にお父さんただひとりしかいなかったんだ。しかも彼は幽閉されている身で、自由に会える環境じゃなかった。
一族の為と言って、彼女が欲しがったぬくもりを餌に、彼女を操ろうとしたんだ――。
あまりの残酷さに、胸が一杯になる。
「いやっ! 来ないでーっ!」
ロザンナが、拒絶するように這いずりながら後ろに下がっていく。
堪らず、叫んだ。
「ロザンナ、私とネリクが貴女の家族になるから!」
「……え?」
ロザンナがぽかんとする。
お願い届いて。確かに彼女のしたことは酷いことだけど、奪われ続けた彼女が全部悪いなんてこと、あっていい筈がないよ。
すると、背後にネリクが立った。
「もう、仕方ないからなってあげるよ。ただしルチアを傷つけちゃ駄目だけどね」
ネリクの苦笑交じりの声色。振り返ると、呆れたような笑顔で肩を竦めるネリクがいた。
「ネリク……! ありがとう」
「ん」
懐かしい、短い返事が嬉しかった。
ロザンナに向き直り、座り込んでいる彼女の前で膝を突く。
「ね? だから信じて。それに私ね、貴女も知ってると思うけど、とーっても諦めが悪いの」
「う……っ」
じと、という目で私を睨むロザンナ。多分今、すごく迷ってる。
「なんせ国外追放されても自分の護衛騎士に崖から突き落とされてもめげなかったんだからね!」
「泣き言は言ってなかったよね。マルコって奴にものすごく怒ってたけど」
ネリクを振り返って軽く叱りつける。
「ネリク! 今はそれはいいの!」
「あは、ごめん」
ネリクはおかしそうに笑うと、私の横に同じようにしゃがみこんだ。
「でもルチアの言ってることは本当だ。ものすごく諦めが悪いし、俺が攫われたのを知ったらここまで追ってきてくれたしね」
ロザンナ様が、そういえば、といった顔で私を見上げる。
「そ、それはそう……ね。考えてみたら、国の浄化も全然諦めないからこんなに時間がかかったし……?」
「だよね。普通は倒れたのに更に頑張らないと思うよ」
姉弟が、私を見て頷き合った。う……だ、だって、放っておけないじゃない。
……それにしても、よく見ると垂れ目がそっくりだなこの二人。
ネリクがロザンナに向かって言った。
「そんなルチアがあんたを救いたいって言ったら、多分救うまで諦めないよ」
目が楽しそうに輝いている。
「そ、そう……なの?」
ロザンナ様の同じ赤い目に、期待が灯ったように見えた。――信じて、お願い。
「うん。多分逃げても追いかけてくる」
ネリクが深々と頷く。ロザンナが、力なく口を開けた。
「すごく納得だわ……」
「だよね?」
褒められてるのかは微妙だけど、ネリクもその気になってくれたのは嬉しいからよしとしよう。
グッと拳を握って自分の胸を叩く。
「勿論追いかけるからね! 逃げても無駄よ!」
「あんたって……ふふ、」
ロザンナ様の頬が、子供らしく緩んだその瞬間。
「――この偽聖女が!」
「えっ!?」
ロザンナの背後に剣を振りかざし迫っていたのは、憤怒の表情のマルコだった。えっ、まだいたの?
「よくも私を操り、ルチア様への忠誠を穢したな! この化け物め!」
「!! マルコ、やめなさい!」
咄嗟に光の矢をマルコの剣に向けて射る!
「ぐあっ!」
矢はマルコの剣を弾いた。でも、マルコはそのままロザンナに襲いかかる!
「やめてマルコ! ロザンナ、避けて!」
「やっぱり……みんな噓つき……」
虚ろな目になったロザンナが呟いたと思うと。
「きゃあっ!」
「う、うわああっ!」
「ルチアッ! 下がって!」
ロザンナ様の身体から黒い炎が吹き上がったかと思うと、恐ろしい勢いで四方に燃え広がっていった。
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