51 狂信者
ネリクが囚われている場所は城棟の地下牢だと、マルコが何でもなさそうな口調で言った。
「――地下牢? どうしてマルコがそれを?」
「捕らえた魔人をどうするのか、出発前にロザンナ様にお尋ねしていたのですよ」
「ああ……それで知ってるのですね」
マルコが淡々と話すのが、やけに不気味だ。
「ええ。生死を問わないか、怪我を負わせていいか、無傷がいいかは重要ですからね」
「え、ええ……」
喉が乾き、唾を呑み込む。ごくんとやけに大きな音が響いた。マルコが悠然と
「魔人には使い道があるのでなるべく怪我をさせぬように、との仰せでした」
「そうなの……!」
マルコの言葉に、ホッとする。ネリクには自己治癒能力があるけど、だからって痛くない訳じゃないから。それにしても、と考え込む。
「使い道?」
一体なんだろう。まさか、ネリクを囮にして黒の神獣を呼ぼうとしているとか?
「拷問道具が揃っている地下牢があるとアルベルト様がお話ししたら、ロザンナ様が『まあ怖い』と笑っていましたから、間違いなくそこでしょうね」
「えっ拷問!?」
目を大きくしてマルコを見た。マルコは何故か困ったような笑みを浮かべる。……どういうこと。
「魔人を乗せた荷馬車に追いつくには、途中の集落で馬を借りたら追いつけたかもしれませんが……今頃どう扱われているのかを考えると、哀れでなりません」
……はい?
「――マルコ! 貴方分かっていて黙っていたのね!」
カッとなって、マルコに掴みかかった。
こいつ、ネリクがどういう扱いを受けるかを察した上で、時間稼ぎをしていたんだ!
困ったように笑っているマルコが、首を横に振る。
「いえ、誤解ですルチア様。私は国民を救いたいと願う貴女の御心に感動したので、馬を借り受けることを言い出せなかったのです」
「戯言を!」
マルコの襟を掴み直し、前後に揺さぶった。でも、マルコは余裕な表情のままだ。腹立つ、腹立つ!
「本当です。万が一魔人の救出が間に合わなかった場合、ルチア様を私のものにできるとは微塵も考えませんでしたよ」
絶対考えてるじゃない! 信じられないなこいつ!
ギッと思い切り睨みつけると、マルコが突然地面に膝を突く。と、私の腰に抱きつきお腹に顔を押し付け、潤んだ目で見上げてきたじゃないか。――ひっ。
「ルチア様、信じて下さい! 私は貴女の魅力に囚われた、憐れな貴女の
「なっ」
「ですから、お約束します! 私との未来を選び取っていただけるのならば、魔人が囚われている場所まで必ずルチア様をご案内差し上げると」
「――は?」
何を言われているか、分からなかった。
ぽかんと見下ろしていると、マルコがぎゅうぎゅうと口元を私の腹部に擦り付ける。うっとりしている表情に、嫌悪しか感じない。
「どんな危険を冒してでも、魔人の元へ貴女をお連れ致します。魔人を解放せよとのご命令であれば、従います。ですからルチア様、貴女の愛の奴隷マルコに仰って下さい……貴女の未来はこのマルコのものだと」
狂信者の眼差しが、私を射抜くように見つめてきた。
目を逸らせ。こんな要求、従っちゃ駄目だ。
――駄目だ、駄目って分かっているのに。
「仰っていただけないと、ロザンナ様やアルベルト様に楯突く勇気が出ないやもしれません。そうなったら魔人の命は保証は……」
「この悪党……っ」
「ルチア様を手に入れる為ならばこのマルコ、聖人にも悪党にもなりましょう」
この男、やけに素直だと思っていたら、最初からこれを狙っていたんだ……!
自分の浅はかさと甘さに、自分を殴りたくなった。
私はこの男の執着を舐めていた。
嫌だ、ネリク、会いたいよネリク――。
……でも、ネリクを助けないと。きっと今頃、すごく苦しんでいるから。
噛み締めていた奥歯から、力が抜けていく。
……ネリクと家族を作りたかったな。可愛い獣の耳をした子供たちに囲まれたかったな。
――愛してる、ネリク。
心の中で呟いた。
口から出てきたのは、別の言葉。
「分かりました……マルコ、必ず魔人を助け出して下さい」
マルコの顔に、ぱああ、と腹が立つほどに晴れやかな笑みが浮かんだ。
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