50 いざ王都へ侵入

 王都を目前に、頭に黒い布を巻く。更には、途中の村で入手した旅人用のマントを羽織った。


 目元を緩ませながらじっとりと私を見ているマルコに尋ねる。


「旅の少年に見えますか?」

「ルチア様の神々しさが隠されてしまい私としては悔しい思いですが、一枚剥げば麗しいお姿があると考えるとこの背徳感が堪りません」


 マルコはどんどん危ない道を突き進んでいる気がしてならない。


 危ない人は無視して、はるばる戻ってきた生まれ故郷を仰ぎ見た。


「それにしても……随分と禍々しいですね」


 私が王都にいた頃、起きていられるのは朝と夜の僅かな時間だけだった。それでも、朝の少し白ばんだ薄い水色に近い空が、部屋の露台の先に広がっていたのは覚えている。


 だけど、目の前の王都の空は私の記憶とは違った。消し炭色の雲が空一面に立ち込めていて、時折雷鳴が響くと稲光が走り、やけに静まり返った王都の建物を一瞬照らす。


 この王都のどこかに、ネリクは囚われている――。


 魔人を生きて捕らえよというのが、ロザンナ様の命令だったそうだ。だからすぐに彼を殺すことはしない筈。


 それに、私にはネリクが生きているという確信があった。


 以前森の中にいた時に感じた、王都方面に何か嫌なものがあるという感覚。あの感覚は、王都に近付くにつれどんどん濃くなっていった。


 王都を覆う暗雲は、恐らく瘴気の塊だ。その濃い瘴気の中に感じられる、清らかな気配。気配を感じると、ネリクの隣にいる気持ちになれた。


 だからあれはネリクの気配だ。ネリクは生きていて、今も覚醒しようと頑張っている。


 あと少しで貴方の元に辿り着くから――。


 王都の黒雲を祈る気持ちで見つめていると、マルコが淡々と語り始めた。


「私が国境から戻ったばかりの頃は、まだここまでではなかったのですが」


 マルコの説明によれば、最初は薄い灰色だった空に少しずつ黒雲が集まってきた。次第に晴れ間が覗かなくなり、畑の野菜が萎れていく。だけど、誰もおかしいと騒がなかった。


「僭越ながらアルベルト様にこのままでは食糧難に陥るのではと進言したのですが、食糧庫を開けばよいとあっさりと開放されてしまい」


 憂いを帯びた目で、マルコも黒雲が敷き詰められた王都上空を見上げる。


 国民が飢えない為の食糧庫ではあるけど、そんな簡単に開いてしまっていいのかな。さすがに私でも、アルベルト様の判断の安易さには不安を覚えた。


 マルコも同感だったらしく、果敢にもアルベルト様に再度進言したらしい。こういうところはクソ真面目なだけあってまともなのが、マルコっぽい。


 私に関する事柄だけが異様なのかもと一瞬考えて、ゾッとした。


 ネリクに執着されたら可愛いとしか思わないけど、マルコの執着は私の私物とかをこっそり愛でていそうで怖い。髪の毛事件の衝撃は、生涯忘れられないと思う。


「ですが、アルベルト様に食糧庫が空になる前に対策を打たなくてよろしいのですかと尋ねたところ、他国から奪えばいい、と……」

「なんですって?」


 思わず大きな声を出すと、マルコが慌てた様子で私の口を手で覆った。


「お静かに願います!」

「むぐ」


 こくこく頷くと、マルコが何故か口元を緩める。


 あ、これ拙いんじゃないかと思ったら案の定、マルコが私の唇を指でふにゅふにゅ触り出したじゃないの。き、気持ち悪い!


「柔らかい……ああ、この可憐な箇所に吸い付きたい」


 マルコの目が怖い。


「ゆ、許しません!」


 急いでマルコの手を押しのける。マルコは私の唇をじっと見ながら、名残惜しそうに溜息を吐いた。


「と、とにかく! まずは魔人が囚われている場所を探します!」

「はい、私にお任せ下さい」


 マルコが嬉々として、拳で自分の胸を自信たっぷりに叩いた。


 あれ? 疑っちゃってたけど、マルコってばちゃんとネリクを助けるつもりでいてくれてるの? ……本当!?


「マルコ、まさか場所を知ってるのですか!?」


 本当に反省したんだ! なんだ、だったら、まだ取っておいた鞭打ち二十回を大奮発してナシにしてあげちゃおうかな! どう、私って太っ腹じゃない!?


 と考えたら、自然と笑みが浮かぶ。

 

「場所は簡単ですよ。恐らくは城棟の地下牢に囚われているかと」


 当然とばかりに、マルコが微笑んだ。

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