49 王都への道のり

 王都までの道中、幾度も魔物の襲撃に遭った。


 遠距離攻撃向けの光の矢で打ち漏らした魔物を、近距離攻撃に特化したマルコが剣舞で始末していく。


 マルコが戦っているところは見たことがなかったけど、聖女の護衛騎士に抜擢されただけあって、彼は強かった。背中を預けられたから私も存分に戦うことができた。悔しいけど。


 遠くに王都が見えてくる頃には、マルコの中で私は庇護対象ではなく、戦姫的存在に格上げされたらしい。


「ルチア様、貴女が戦う姿は正に戦女神いくさめがみ……! 一生ついていきます!」


 姫どころじゃなくて女神にされていた。


「結構です」


 連日魔物との攻防戦を繰り返していると、さすがに心の余裕がなくなってくる。次第にマルコのうざ絡みを無難に流す気持ちは失せていた。


 私の言葉の端々に棘があるのは、これが理由だ。そろそろうざいと思われてることに気付いてくれないかな、この鈍感騎士。


「ルチア様はなんと奥ゆかしい……! なのにこの強さ、ますます惚れました!」

「あーそーですかー」


 王都に着いたら光の矢をぶっ放してでもマルコを撒いて、ひとりでネリクを探したい。そんな物騒なことを考えてしまうほど、心底うんざりしていた。


 しかも最近になって、この塩対応がマルコのどこの琴線に触れたのか、「ルチア様に罵倒されながらこの先を共に生きていきたいです!」と剣を振り回しながら叫ぶようになってしまった。


 ちょっとそこ、開眼しないでくれるかな? 今度は塩対応にならなさ過ぎないように言葉を選ぶのも面倒くさいんだけど。


 周囲の魔物を殲滅させた後、近くの村に寄り水を乞う。魔物の脅威に悩まされていた村人たちは、私たちを歓迎してくれた。


 だけど、これは応急処置に過ぎない。引き続き警戒を怠らないようにと伝えると、彼らは私に向かって祈った。


「聖女ロザンナ様が正当なる聖女と発表されて以降、国は荒れる一方です。このままではこの国はもう……」


 聖女なんて、もううんざり。そう思っていた筈なのに、彼らの嘆く姿を見たら「我関せず」は貫けなかった。


 彼らが少しでも希望を持てるよう、できるだけ厳かな雰囲気を醸し出す。


「何とか頑張ってみます。だから希望を捨てないで下さい。神のご加護があらんことを」

「ああ……ルチア様、聖女ルチア様……!」


 国の中心に近付けば近づくほど、国土は荒れていた。最初は髪を隠していたけど、途中で自分の正体を隠すのはやめる。


 彼らに必要なのは、象徴的でもいい、希望の光だと思ったからだ。私の存在を知ることで生きる気力が戻るなら、存分に見ればいい。そう思って髪を見せた。


 マルコはそれが不服らしい。


「――よろしいのですか、ルチア様」

「だって国が機能していないでしょう。このままでは人心が保たないわ」

「なんと尊い……。私ひとりがルチア様の正体を知っている優越感など、ルチア様の立派なご意志の前では屑的思想でしたね……!」

「あーそーですねー」


 マルコの大分やばい返しにも、滅多に動じなくなった。これも成長だと思う。とりあえずもう少しお喋りを控えてくれるとありがたい。


 ネリクのことを考えると不安で気が狂いそうになった。だけどマルコが定期的に苛々させてくるからか、何とか泣かずに済んでいた。

 

 王都が近くまできたところで、マルコが注意を促す。


「王都の外は瘴気の影響のみなようですが、中の人々はおかしくなりつつありました。この先は髪を隠して行かれた方がよろしいかと」

「……そうします」


 マルコの話では、王都の人間はみんなロザンナ様に夢中だったそうだ。


 まさか養父母も――? 嫌な考えが頭をよぎった。考えたくないけど、可能性は高い。


 マルコが眉間に皺を寄せながら、唸る。


「まるで人が変わったかのように、みなロザンナ様の歓心を買おうとしていました」

「私がいた時もその兆候はありましたけど、あれ以上ということですか?」


 アルベルト様だってもう少し人の話を聞ける方だったのに、一切聞き耳を持たなくなってしまわれた。


 マルコが実に悔しそうに顔を歪める。


「ええ、酷いものです。まるで魅了の呪いに掛けられたかのようでしたね」


 魅了の呪いと言われ、なるほどと納得する。


 ここまで材料が揃えば、怪しいのがロザンナ様なことは明白だ。彼女が何かをしているんだろう。だけど一体、何の目的で?


 ふと気になり、隣のマルコを見上げる。


「そういえば、どうしてマルコは平気なのです?」

「え? 私ですか?」


 こくりと頷く。どう考えたって、マルコの私への信望ぶりは異常だ。これまでマルコがロザンナ様を褒め称えるような言葉は、一度も聞いていない。


「ええ。 みんながロザンナ様に魅了されていると仮定したとしても、マルコはロザンナ様の近くにいた筈ですよね? 影響がなかったとは考えにくいのですが」

「うーん……?」


 腕を組みながら、マルコが首を傾げた。しばらく唸り続けた後、突然ぽんと手を叩く。


「あっ! もしかしてこれかもしれません!」

「何です?」

「お待ち下さい!」


 マルコはいそいそと騎士服の前を寛げると、内側の胸ポケットから白い紙包を取り出した。……なんだろう。


 マルコは何故か私をチラチラと見ながら、くすぐったそうに口元を緩ませている。……不気味なんだけど。


 慎重に紙包を開いていくマルコ。


「実は肌身離さず持っていたんですが」


 恥ずかしそうに微笑むと、マルコは紙包の中を大事そうに見せてくれた。


「――うっ」


 見えたのは、どす黒い血でくっついた白い糸――と思ったけど、これはもしやあの時マルコに手土産に渡した、私の血をまぶした髪の毛……?


「ど、どうして……」


 本当にどうして、突き落とした相手の毛をこんな大事そうに保管してたのか。あまりの気持ち悪さに顔を歪めながら、マルコを見上げた。


 マルコははにかみながら、大切そうに紙包を畳んで胸元にしまい込む。


「愛するお方からいただいた形見でしたからね。これを見る度にルチア様の愛おしい姿を思い出しておりました」

「うわ、きもっ」


 思わず本音が漏れた。でも、マルコは聞いちゃいなかった。


「ん? 何か仰りました? ――その形見がこうして悪意から私を守ってくれていたのですね。このマルコ、感動のあまり……見て下さい。手が震えております」


 マルコは震える手で私の頬に触れると、狂信者的眼差しで熱っぽく私を見下ろした。涙が滲んで、瞳が無駄に煌めいている。


 堪らないといった様子で、マルコが囁いた。


「ルチア様、今すぐ貴女にキスをしたい」

「いえ、結構です」

「くうう……っ、はあ、ゾクゾクする……!」


 勝手に悶え始めたマルコにドン引きしつつ、マルコの手を私の頬から引き剥がす。


 マルコは私の手を無理やり恋人繋ぎに繋ぎ直すと、狙いを定めた野獣の如く目を細めて凝視する。


「ルチア様……やはり私は貴女の心もほしい」

「一生あげませんから早急に諦めて下さい」

「ああ、なんとツレない……! ルチア様、愛していますよ」


 話している間にも、懸命に手を振り解こうと押したり引いたりしてみる。でも、マルコの馬鹿力の前では私は無力だった。


 もうやだ、この人。ネリク、早く会いたいよ……。


 凹みそうな気分で横目で見ると、マルコは日頃は横に結ばれているばかりの口をにっこりと綻ばせたのだった。

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