42 下位互換

 聖力を感じ取ることを、初日で成功したネリク。


 次に教えるのは、制御――つまり使い方だ。


 ネリクは頑なに私が膝の上にいた方が精神統一できると言い張るので、今日も私は「本当かなー」と思いながら丸太に座ったネリクの膝の上に座っている。


 丸太には、今後もう少し有効的な活用方法を考えてあげたいところだ。


「では、手に集中させた聖力を――」


 ぐるりと周囲を見渡し、いいものがないかと探す。


「ちょっと待ってね!」


 ネリクの上からぴょんと降りると、萎れた野花を見つけた。うん、これでいいかな。


「ネリク、来て!」

「ん」


 しゃがんだ私の横に、ネリクが膝を突く。と、当然のように私の腰を抱き寄せネリクの膝の上に座らせた。……うん、ぶれないね! 丸太関係ないね!


「きょ、今日はこれを使ってみます!」


 不思議そうな顔をしているネリクに、まずはお手本を見せることにした。


「私は治癒はあまり得意じゃないんだけど、ネリクは普段から喉を自己治癒してるから得意だと思うのよね」

「よく分かる」


 よく分からない、と言うネリクの眉間には、困ったような皺が刻まれている。……困り顔もいいな。うふ。


 一瞬表情が緩みそうになり、慌てて気を引き締めた。危ない危ない。どれだけネリクが好きなの、私ってば。


「えーとね、今からこの枯れかけた花に聖力を注ぎます。コツは『元気な状態を思い浮かべる』ことかな?」

「んー?」

「浄化も基本は一緒なの。穢れてしまったところを綺麗な状態に戻してあげるって感じかな」


 まあ見ていて、と野花の上に両手をかざす。


「まずは手に聖力を集めます」


 最初はなかなかうまく制御できなかった聖力は、長年の経験のお陰で殆ど意識しないでも瞬時に集められるようになった。


 手から、白い光がふよふよと浮き上がり始める。光を見つめるネリクの目が子供みたいに輝いているのが、か、かっわいい……。


「充分に集めたなーと思ったら、頭に元気な姿を思い浮かべながら祈るの。早く元気になりますようにって」

「ふーん」


 手に溜めた聖力を野花に注いでいった。萎れていた葉が、徐々に瑞々しさを取り戻す。茶色かった花は元来の白さを取り戻し、しっかり上を向いた。


「――はい、完成。こんな感じよ」


 ネリクを振り返る。赤い垂れ目はこぼれ落ちそうなくらい大きく開き、復活した野花を夢中で見つめていた。


 感動してるのがありありと分かる表情が、胸にキュンとくる。そろそろ表情筋を緩めてもいいかな。ニヤニヤしながら愛でたい。


「こんなの……俺はできると思う」


 ネリクにしては自信のない言葉が出てきたところをみると、本当に自信がないらしい。


 ネリクの男臭い頬に手を添える。


「できるよ、大丈夫」

「うう」


 もう片方の手で、不安そうに俯くネリクの首に触れた。一瞬このまま抱きつきたいと思ったけど、今は我慢の時だ。あとで沢山抱きつこう。


 代わりに、諭すように語りかける。


「ネリク、私がいたハダニエル王国ではね、白の神獣は守護神って呼ばれてるんだよ」

「守護神?」


 突然話題を変えたからか、ネリクがきょとんとしている。


「うん。私みたいな生まれつき白い髪の人は、白の神獣から力を分け与えられた存在って言われてるんだ」


 これは私が聖女として連れてこられて、一番最初に言われたことだ。だから守護神の代理として浄化する役目があるのですなんて言われて、その時は白の神獣なんて知らないしふざけないでよね、としか思わなかった。


 それが実在していて自分の恋人になっちゃうんだから、人の運命って本当に分からない。


「だからね、私なんかよりネリクの方がもっと沢山この力を持っている筈なんだよ。今は『反転の呪文』でうまく出すことができないだけ」

「ルチア……」


 エイダンさんの話の後、私とネリクの不思議な縁についてずっと考えていた。そこで私は『聖女は神獣の下位互換』なんじゃないかと結論付けた。


 私がネリクに最初から警戒心を抱かなかったのも、ネリクが私をひと目見て好きになってくれたのもの、これが理由なんじゃないか。勿論今はお互いをよく知って好き合っていると信じてるけど、少なくともきっかけは聖力による共感――なんだと思う。


 私たちの間には、最初から言葉では言い表せないものがあった。同類という共感、もしくは共鳴かもしれない。


 この人だけは自分の味方だと、お互い最初から思えた。考えてみたら、初対面で知らない相手に抱き締められてるのに安心して寝るなんて、どう考えても無防備すぎる。でも、本当に一瞬だって怖くなんかなかった。


 ――だって、私は最初から知っていたから。ネリクが味方だと。


 ネリクの広い胸にぎゅっと抱きつく。


「大丈夫だよ。私ができたことは、ネリクはできる。ネリクができることを、私は知ってるから」


 ネリクはしばらくの間、考え込むように返事をしなかった。少しして身体の力を抜くと、私の頭にこめかみを寄せる。


「ん。頑張らない」

「うん、頑張ろうね」


 穏やかな秋の日差しを背中に浴びながら、私たちはお互いの存在を再確認するかのように抱き締め合った。

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