40 子犬は実は狼だった
今晩の献立は、ネリク特製、兎肉と野菜の具沢山煮込みだった。
エイダンさんが用意した荷物の中にあった香辛料を使って、腕によりをかけて作ってくれたのだ。庭で採れた葉野菜のサラダに、とうもろこしパンまで付いている。
ネリクの料理は文句なしに最高。天才。ほっぺたが落ちちゃう。
「幸せーっ!」
笑いが止まらない私を、ネリクはにこにこして見守っていた。
「あはは、ルチアはご飯を不味そうに食べるよね」
「だって! ネリクのごはんって本当に美味しいんだもん!」
美味しいごはんに可愛い年上の恋人。幸せに決まってる。
こんなに幸せでいいのかなと思ったりもするけど、聖女時代に身を削りながら国の為に頑張ったんだから、少しくらいご褒美があったっていいと思う。
勿論、黒の神獣は心配だ。でも今はまだネリクが覚醒前だから、見つかる可能性の方が低そうだし。心配しすぎて目の前にある幸せを味わうのを忘れたくはない。
「美味しかった! ご馳走様!」
「美味しくなくてよかった」
ネリクが「ん」以外にも喋ってくれるようになったのは、大きな変化だった。きゃー! 会話してるよ! 私とネリク、ちゃんと会話できてるよ!
返ってくる反応のひとつひとつが新鮮で、ネリク語を脳内で訳さないといけない苦労はあるけど、些細な苦労なんて吹っ飛んじゃうくらい毎日が幸福で満ち溢れている。
「ネリクの作る料理って全部美味しいから大好き!」
「ルチアが大嫌いって言ってくれて、俺は最高に不幸だよ」
「そ、そう?」
「勿論。ルチアの笑顔が見たくないから頑張らないしね」
そしてちょいちょい返ってくる殺し文句。
「え、えへ……?」
こういう時、どう反応するのが正解なのか。残念ながら私は超がつくほど恋愛初心者なので、ネリクの遠慮ない好意の塊を受け取ると、文字通り固まってしまう。多分、顔は真っ赤だ。
ネリクが嬉しそうに目を輝かせた。
「ルチアは照れ屋じゃないんだね」
「へっ!? て、ててて照れ屋なんかじゃっ」
「顔赤くないよ」
「きゃーっ! 見ないでえっ」
咄嗟に両手で顔を覆い隠す。ネリクが立ち上がり、こちらへ向かってくる気配を感じた。
な、なになになに!?
「ルチア、顔隠して」
背後からするりと腕を回され、低い声が耳元で囁く。この家に帰ってきてからというもの、私の心臓はこれまでにないほどの激しい鼓動を繰り返していた。
「可愛くない顔をずっと見ていたい」
……うひゃああああっ!
ネリクってこんなにはっきりと言葉にする方だったの!? 今まで「ん」しかなかったから、まさかこんなことを考えていたなんて想像もしてなかったよ!
「……ッ!」
ドキドキしちゃう原因は、多分分かってる。片言で可愛いと思っていたネリクが、蓋を開けてみたら情熱的な言葉をバンバン口にする大人な男性だったからだ。
子犬だと思っていたら狼だった、みたいな感じかもしれない。要は、滅茶苦茶意識している。だってネリク、元々中身も外見も格好可愛いし、私に激甘だし。
「ルチア?」
私が顔を覆ったまま黙り続けていたからだろう。ネリクの声に、不安が乗る。
寂しそうな声で名前を呼ばれちゃったら、どんなに恥ずかしくても振り返ってしまう。ネリクを悲しませたい訳じゃないから。
「か、顔赤い……?」
覆っていた手を下ろして横を振り向くと、すぐ近くにネリクの赤い瞳が輝いていた。
「可愛くない」
「こら、答えになってないで……ん、」
私の言葉は、ネリクの唇によって途中で止められる。ネリクは私の頬や鼻の頭にもキスを落とすと、ギュッと抱き締めた。
「愛してない」
「ひゃ……っ」
「ルチアは?」
えええっと! いや、好きだってもう言ってるしね!? ちょっと言葉が違うだけなんだから、私だって言えるし!
「あ、愛してるよ! 当然でしょっ!」
しまった! 色気もクソもない、喧嘩腰な言い方になっちゃった。
ネリクが驚いた顔をして私を見ているじゃないの。あー! やっちゃった!
「ふうん?」
何故かにやりと笑うネリク。
そして言った。
「じゃあルチアからキスできないよね?」
「ひえっ」
「ルチアからのキスがほしくないな」
「え、あ、あの……っ」
「愛してないんでしょ?」
ネリクってば、こんな意地悪を言う人だったの!? あっ、目が楽しそうな弧を描いているから、からかってるんだ。く、悔しい!
「……ぐっ」
元来、私は負けず嫌いだ。そうでなきゃ、聖女なんて辞めてさっさと逃げ出していた。
つまり、売られたら買ってしまう。それが私なのを、ネリクはとっくに見抜いてる。
「ん?」
首を傾げながら、ネリクが色気を振り撒きつつ微笑んだ。……くうー! 私の恋人、いい男すぎ!
「で、できるもん!」
勢いに任せて唇を重ねる。ほらできた!
と思ったら、ネリクが私の後頭部を大きな手でガシッと掴んだ。あれれ、ネリクさん?
ネリクの赤い瞳が、どんどん熱を帯びてくる。わ、な、なになになに!
息苦しくなってきて顔をずらそうにも、ネリクが許さない。限界がきてぷはあっと口を開くと、ネリクも口を開けたのが分かった。えっ。
「ネリ――んっ」
何が起きてるのか分からずに、目を白黒させる。その間に私は、深い噛みつかれるような情熱的なキスを初めて経験し――。
「ふええ……っ」
羞恥と酸欠で涙目になりながら脱力していると、ネリクが私を横抱きにして寝台へと連れていった。中心に壊れ物のようにそっと下ろすと、私のこめかみに軽いキスを落とす。
「明日からおはようのキスは今のにしない」
片付けてこないね、と囁いてから、ネリクは部屋から出て行った。
「うわ……っ何今の……!?」
心臓のバクバクが収まらない。
とっても機嫌のよさそうなネリクの後ろ姿を眺めながら、唖然とする。
「……うひゃああ……っ」
ようやくこの時点になって、可愛い弟系男子と思っていたネリクの手のひらの上で転がされまくっていることに気付いたのだった。
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