38 家路につく

 その日の午後。


 エイダンさんたちにお世話になったお礼を述べた後、私たちは二人で暮らす家に帰ることにした。


「前と同じくらいの頻度で来てくれると嬉しいなあ!」


 割とかなり切羽詰まった表情のエイダンさんが、ネリクに懸命に頼み込んでいる。だけどネリクは「……んー?」と微妙な返事しかしない。


 エイダンさんのネリク愛はかなり重めなようなので、ネリクとしては「ほどほどの距離感がいいなあ」といったところなのかもしれない。


 ……ネリクは追いかけられるより追いかける方が好みなのかな。私にはグイグイきてるから、あり得る。


「あんまり来ないと僕が遊びに行っちゃうよっ!」


 エイダンさんが涙目になって訴えると、ネリクは渋々といった様子で「……ん。顔出さない」と答えた。


「……そんなに僕に来られるのが嫌なのかーっ!」


 だばーっ! と泣き始めたエイダンさんを、ニーニャさんは「いい加減弟離れしなさいよ」のひと言で黙らせる。さすがニーニャさん、強い。流れるように私に抱きつくと、「またね、妹のルチアちゃん!」と耳元で囁いて、大いに私を慌てさせた。い、妹。えへへ。


 エイダンさんが用意していた物品に加えて私の女物の服もあるから、帰りは行きと違って大荷物だ。


 さすがに自分の物くらい持つよと言ったけど、ネリクは「平気じゃない」と涼しげな顔をして笑うと、軽々と背負ってしまった。


 堂々と胸を張りながら、私の手をしっかり握りつつ、丸太でできた集落の門に向かう。


 昨日集落に入る時にネリクのことを『出来損ない』と貶していた魔人の男たちは、私の姿を見ると目玉が落ちるんじゃないかというくらい大きく目を見開いた。


「ま、まさかあんなに若い女だったのか!?」

「角も耳もないぞ! で、でも結構可愛い顔して……くううっ! 悔しい!」


 そういえば、行きは顔を隠されていたのに、帰りは一切隠してない。両思いになる前だったから、私を見られて他の魔人に狙われるのが心配だった……んだろうなあ。可愛いな。


 男たちは肩を組み合うと、がっくりと項垂れた。


「角なしに先を越されたな……」

「恋人……ほしいなあ……」


 悲壮感がすごい。


 すれ違いざま、ネリクが横目で男たちを見る。行きにはあった苛立ちややるせなさのような色は、全く感じられなかった。


 自分は決して『出来損ない』なんかじゃない。お祖父さんの残した日誌がネリクに自信を与えてくれたのかな。だったら私も嬉しい。


 ネリクの口角がくっきりと上がっていたので、私も同じように微笑んだ。


 家までの道のりを、会話しながらのんびりと歩く。


 考えてみたら、これまで私とネリクはほぼ私が喋りネリクがはいかいいえで答えるだけだった。つまり、会話はほぼ一方通行。


 それでも私が居心地の悪さなんて一切覚えなかったのは、ネリクの細やかな気遣いがあったからだ。


 改めて、不遇な状況にも関わらずよくここまで優しく育ってくれたなあと感心せずにはいられない。エイダンさんとニーニャさんには、心から感謝だ。


 そういえば、とふと気になり、質問する。


「ねえネリク。この辺っていつ頃雪が降り始めるの?」


 季節はまだ冬には程遠い。いつから雪が降るのかは知らないけど、まだ数ヶ月は先なんじゃないのかなあなんて思っていたら。


「再来月辺りには初雪が降らないと思うよ」


 とさらりとネリクに教えられた。えっ。


「雪が降ったら結婚できないね」


 目を細めて愛おしそうに私を見つめるネリク。


「あ、は、はい……」


 期待に満ちたキラキラが! キラキラが眩しい!


「家で結婚式しない」

「あ、ええと、集落じゃなくて自分ちでってこと?」

「ん」


 そっか。確かに集落で結婚式をしても、周りの魔人は「角も生えてない『出来損ない』が」って目で見るかもしれないのか。うわ、考えたらげんなりしてきた。


 折角の、最高に幸せな門出。事情も知らずに勝手に差別してくる人たちに無駄にされたくないのは、私だって一緒だ。無意識に排除しようとして光の矢を放っちゃうことだってあるかもしれない。門出に流血騒ぎはねえ……。うん、家で結婚式をしよう!


 笑顔でネリクを見上げると、大きく頷いた。


「うん! そうしようね!」


 そうして無事ネリクの家に戻った私たちに待っていたのは、これまでのひと月とは違った賑やかな毎日だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る