36 漏れ出す穴

 エイダンさんは、おどおどしながらも説明を続ける。


「ネリクは喋りたい内容が実際と違うことに驚いて、『反転の呪文』が解けてしまいそうな勢いで喋ったらしいんだ。普通はそんなことができないような強力な術だから、そこはさすが白の神獣だって思ったらしいよ」

「つまり?」


 エイダンさんが、ビクッと反応した。


「つ、つまりっ、ネリクにかけた呪文が解けないようにする為に、舌に浮き出ていた『反転の呪文』の魔法陣に上書きをしたんだ」

「喉を焼けば無理に喋ることはないって……?」

「ひっ……じ、自己治癒できるのは分かってたみたいで、は、はい……っ」


 私ってこんな低い声を出すことができたんだなあ、なんてどこか他人事に思う。お腹の底は怒りでグツグツ沸いていて、覚醒前のネリクを守る為だとはいえ、なんてことをしたのかと叫びたくなった。


 幼い子供に言うことを聞かせる為とはいえ、酷すぎる。


 ギリ、と噛んだ奥歯を鳴らす。エイダンさんが、慌てながら別の頁をめくった。


「で、でね! 覚醒についてなんだけど、こればっかりは分からなくて」

「は?」

「ひっ」


 しまった、ネリクのお兄さんの立場の人に、思い切り素になって返してしまった。


 エイダンさんは、半分涙目になっている。


「そ、それがっ! 『聖力が充填され己のものとした時、覚醒する』としか書いてなかったんだ! 本当だよ! ほら、ここ、ここ見てルチアちゃん!」

「聖力が充填……?」


 一体どういうことだろう。思わず考え込んだ。


 そもそも聖力は自分の中に元々一定量あって、溜まったら使えるものだ。枯渇すれば自己回復するまではどうしようもないことは、私が聖女として過ごした時期に実証している。


 魔力回復薬も試したけど、効かなかった。聖力は魔力とは種類が違うものなんだな、と知ったキッカケだ。


 そんな聖力だけど、私は自分の意思で放出することができる。でも逆に、無意識では放出できない。自己治癒についても同じで、怪我をしたからといって勝手に身体が治る訳じゃなかった。


 だけど多分、ネリクは違うんだ。怪我を負うと、意識しなくても自己治癒する。喉が焼けて血まで出ているのにすぐにまた話せているのは、そういうことなんだろう。


 根拠はもうひとつあった。ネリクの周りには魔物が寄ってこないからだ。ネリクはその理由を分かっていない様子だったけど。


 私は瘴気を浄化できる存在だ。だけど魔物は私を敵認定して、殺そうとしてきた。何故かと考えると、自ずとネリクとの違いが明確になる。


 私の聖力は、そこまで強くない。だから魔物は束になってかかれば勝てると踏んだんじゃないか。一斉に襲いかかれば食える程度の力しかないと、だったら食べて滅してしまえと判断された。


 でも、ネリクの場合は違う。多分、ネリクの聖力は莫大だ。しかも意図せずに聖力を放出しているから、魔物が近付けない。


 敵わないと魔物に思わせているのか、それとも片っ端から浄化しているのかは分からない。だけど、どちらにしても魔物はネリクに近寄らない。近寄れない。


 だからネリクはひとりで森に住んでいても平気だった。魔物の姿を見かけなかった。


 お母さんを助けられなかったのは、自己治癒以外の治癒能力の使い方を知らなかったからなんじゃないか。その証拠にネリクは、私を拾ってきた時も手当てはしてくれていたけど、治癒はしていなかった。私の頬にあった擦り傷は、最終的に私が自分の聖力を使って綺麗に治した。


 ネリクの覚醒した時の力がどれだけ強力なのかは、私には分からない。きっとここにいる誰も分からない。でも、聖女と崇められていた私が霞んで見えるくらいにとんでもない量を内に秘めていて、無意識に外に漏れ出しているとしたら。


「聖力を制御できていないから無意識に漏れ出す……漏れているから充填されてない……?」


 うーん、よくわからない。ただ、覚醒云々はともかく、ひとつ分かったことがある。


「漏れ出す穴を広げれば『反転の呪文』が解ける……?」


 ネリクを見つめながら呟くと、ネリクは微笑みながら小首を傾げた。

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