33 伝承
ネリクが神獣?
ニーニャさんの言葉に、私とネリクは顔を見合わせて首を傾げた。
ようやく落ち着いたのか、エイダンさんが「僕から説明するよ」と言って私たちを席につかせる。
眉を垂らしたエイダンさんが、面目なさげに頭を掻いた。
「ごめんね、二人とも。僕もニーニャも予想してなかった内容に驚いちゃって、ちょっと大人気なかったよね」
確かに見事なまでに慌て切っていたので、大人気ないと言われれば否定はできない。
でも私は「そうですね」と言ってしまうほど無神経ではないので、微笑んで「いいえ」とだけ答えた。聖女時代に鍛えた技だ。汎用性が高いので、そこそこ役に立っている。
まあそのせいでマルコが馬鹿みたいに私を神聖視した挙げ句に崖から突き落としたので、今後は使用頻度を控えめにしようとは思っている。おしとやかに見えすぎるのも考えものだしね。
よく考えると、あれだけ人を聖女だって崇めていたのによく突き落とせたな、マルコめ。どれだけ自己中心的思考をしているんだろうかと思うと、一度頭の中を覗いてみたい。どうせろくなもんじゃないだろうけど。
「中身を見せながら話をするね」
エイダンさんが食卓の上にお祖父さんの日誌を広げる。例の『ネリク日誌』と書いてあるやつだ。
そういえば魔人と人間の言語って一緒なんだな、と今更ながら気付いた。言葉も普通に通じるし、エイダンさんもニーニャさんも読み書きに不自由はなさそう。
ネリクも本を覗き込んで目で文章を追っているので、読めるんだろうな。
私は庶民だけど、教会で開かれる教室に参加していたお陰で、ひと通り読み書きはできた。だけど、難しい言い回しとかは理解するのが難しい。大衆向けのお気楽な恋愛小説は読めるけど、人間はどうであるとかいう文学は意味不明すぎて、あっさり挫折した。
これは勉強の本についても同じだった。日中起きていられた頃は、お城にいる間毎日、国の成り立ちだのなんだのと『アルベルト様の婚約者として恥ずかしくないように』と知識を詰め込まれた。
明らかに大して学のない庶民に施す教育内容じゃなかった。当然、私はさっぱり理解できず、結局は担当してくれていた神官が自分で声を出して読みながら解説するのを聞くだけの形に落ち着いた。それでも殆ど頭に入ってこなかったけど。
途中から聖力の貯金がなくなって浄化の後倒れるようになってからは、聞いているだけで眠気を誘うお勉強会は自然消滅した。体力が削られるのは本当に辛かったけど、あれだけは本当によかったと思っている。興味のない勉強ほどつまらないものはない。
で、お祖父さんの日誌だ。少し癖がある字だけど、エイダンさんに読ませるつもりで書いたのか、字も大きく書かれていて読みやすい。
「まず、ネリクの両親についての記載があった」
エイダンさんが該当箇所を指差しながら説明を付け加えていく。
「ニーニャの言う通り、やっぱりネリクのお母さんはニーニャの叔母さんだった。ここに『エリン』と書いてあるのが証拠だね」
ネリクを横目で見ると、目が合って小さく頷かれた。日誌に視線を戻す。
「エリンさんは集落でネリクを産んだ。その時のネリクの髪の毛は白かったそうだ」
……やっぱり。
「あまり驚いてないね、ルチアちゃん」
意外そうにエイダンさんが尋ねたので、頷いた。
「自己治癒の力と、魔物が寄ってこないという話から、もしかしてって思ってたんです」
「そうだったのか。僕は全然気付きもしなかったよ……」
とほほ、とエイダンさんが少し悔しそうに答えたので、私は首を横に振る。
「いえ、これは私が聖力を持っているから気付けただけだと思います」
「そっか……ルチアちゃんは専門家だもんねえ」
エイダンさんはゴホンと咳払いすると、先を続けた。
「――ええと、それでね。たまたま様子を見にきた長がネリクを見て、仰天したそうだ。なんでも、白髪の魔人については代々集落の長の間で受け継がれている伝承があったそうだよ」
「伝承の内容も書いてあるんですか?」
「うん。それはここ」
エイダンさんが指差したところを、全員覗き込みながら読んでいく。
「これだ。『世に欺瞞や憎悪が満ちる時、
エイダンさんが続ける。
「『次に産まれるは白の神獣。黒の神獣が撒き散らし瘴気を浄化し、世界に安寧をもたらす存在也』」
ふう、とエイダンさんの息が小さく落ちていった。
「……伝承自体はたったこれだけなんだけど、それ以外に口承が残っているらしくて」
エイダンさんのちょっと太めの丸っこい指先が差した場所に、その文はあった。
「これだ。『同一の血を受け継ぐ黒の神獣は白の神獣の覚醒前に白の神獣を殺めんとする。白の神獣なき世界は怨嗟渦巻く暗黒世界となる。黒の神獣が産まれたら即座に親を保護すべし』ってところだね」
「え……っ」
白の神獣の覚醒前に、殺そうとしてくる? しかも同一の血? え、一体どういうこと?
恐ろしげな内容に、私は唖然としてエイダンさんを見ることしかできなかった。
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