28 雪の降る日に

 ハダニエル王国での成人年齢は、十六歳だ。なので、てっきり今すぐ結婚できると思っていた。


 それがまさか、魔人と成人年齢が違うなんて。


 人間の成人年齢を説明すると、ネリクは早速エイダンさんを説得しにかかる。


「ルチアとの結婚、待てる!」


 私との結婚は待てない、と。うひゃあ。


 私がにやけている間にも、二人は深刻な顔で会話を続けている。


「待てないとかいう問題じゃないだろ、ネリク」

「他の奴らがルチアに目をつけたら喜ぶ!」

「まあなあ、気持ちは分かるんだよ? 分かるんだけどさあ」


 私の手を指をしっかりと絡ませて握るネリクの横顔を見上げた。ネリクのシュッとした顎の線を横から見上げるのは、実は私のお気に入りの角度だったりする。筋張った首筋もいいし、振り返りざまに垂れた目尻が私を捉えて細められる瞬間が、大好き。


 ネリクは、よく見なくても普通に格好いい。とにかく激甘というくらい優しいし、赤い目で見つめられるとドキドキしちゃうし、なのに腕の中に包まれると守られてる感が満載で安心して即寝できるし。男性の腕枕で毎晩寝るなんて自分でもちょいと無防備すぎやしないかと少しだけ思うけど、裸を見ようが胸の谷間を見ようが、ネリクは私を襲わなかった。


 私がネリクを心から信頼しているのは、この点にある。ネリクは、紳士なのだ。


 恋愛経験がない私にだって、私を見るネリクの目が決して嫌なものや興味がないものを見るものじゃなかったのは、さすがに分かった。だから推測するに、ネリクはもしそういう気分になっていたとしても、私の気持ちを聞いていなかったから耐えていてくれたんだと思う。……私の未来の旦那様、完璧すぎやしないか。


 かたや私は祖国を偽聖女扱いされて追い出され、護衛騎士に崖から突き落とされる体たらく。もっとこう、ネリクに「さすが俺のルチアだね!」と言われて全力でぎゅっとされちゃうような存在意義はないものか。


 ネリクが不服そうに反論を続けている。


「人間の成人年齢に合わせなければいい」


 エイダンさんは渋い顔をして首を横に振った。


「いや待てネリク、いくら何でもそれは駄目だ。ここにいる人間はルチアちゃんだけなんだぞ? 白い目で見られるのはルチアちゃんだ」

「うう……」


 あ、やっぱり? 私もそうじゃないかとは思ってた。ネリクの兄を自認するエイダンさんからしてみれば、弟的存在のネリクが魔人の道理から外れるのは避けてほしいところだろう。


 それでもネリクはまだ納得いかないようで、悔しそうに表情を歪めている。


「じゃあ人間の国に行かない」


 え、私の国に行く? ネリクの発言に目を大きくしていると、エイダンさんがネリクの肩を掴んで揺さぶり始めた。


「嘘!? え、それは駄目! 人間の国に行ったら会えなくなるじゃないかっ! それにネリクが危険だよ!」

「ルチアとの結婚の方が大事じゃない」


 エイダンさんの顔が、ぐしゃりと泣きそうに歪む。


「ネリク……!」

「俺は集落の嫌われ者じゃないから、別に」

「待ってよネリク! 自分を嫌われ者なんて言うなよ! 僕はネリクが大好きだよ!?」

「……あー」


 ネリクが雑な返事をすると、エイダンさんが何とも言えない情けない顔になった。


「ネリク? 僕のことうるさいなって思ってないよね?」

「……」

「ネリク! え、ちょっと待って! ネリクに嫌われたら僕……!」


 涙目になるエイダンさんと、わざと目を逸らすネリク。そんな二人を見ている内に何だかおかしくなってきて、思わず笑いが盛れる。


「くく……っあはは、二人は本当に仲がいいんですね……っ」

「えっそう見える?」


 てへ、と笑顔に変わるエイダンさん。ぶれない。対照的に、ネリクは呆れ顔だ。


「仲良し……?」

「ネリク! そこはいつもの『ん』って言ってよ!」


 ネリクがとても残念そうな雰囲気を醸し出しながら溜息を吐いた。


「ネリクがっ、僕の可愛いネリクが離れていく……っ!」


 とうとうエイダンがヨヨヨと泣き出す。だけどネリクは何処吹く風だ。


 繋がれたままのネリクの手を引っ張り、ネリクの注意を引いた。


 赤い目が私を捉える。


「私の誕生日はね、冬なの。この髪と同じ雪の日に生まれたんだ」

「雪の日?」


 うん、とネリクに微笑みかける。


「だから、今年初めての雪が降ったその日に結婚しよう。ね?」

「……ん!」


 ようやくネリクの顔に笑みが広がるのを見て、私の顔にも笑みが広がったのだった。

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