27 結婚観

 まずは一旦落ち着こう、と四人とも再び椅子に腰掛ける。


 私が「魔人の結婚とは?」という根本的な疑問をぶつけたせいで求婚の返事が保留にされたからか、ネリクは怯えた小動物みたいに不安そうだ。


 申し訳なさが募る。でも何も知らずに承諾して、実はお嫁さんを集落全体で共有しますとかだったらどうする。私の想像力は、無駄に豊かなんだから。


 ネリクは私の手を握り締めると、心配そうな顔でチラチラと視線を寄越す。


 うは、かっわいい。なにこれ。垂れ目が更に垂れ目になってるんだけど。目の前にエイダンさんたちがいなかったら、絶対ヨシヨシしちゃってたな。そんな目で見ちゃうくらい私のことが好きなのか……うふ。


 さっきのエイダンさんの説明で「失敗した」と思ったのか、この先はニーニャさんが説明することになった。エイダンさんはちょっぴり肩身が狭そうに苦笑を浮かべている。


「なにはともあれ、まず最初に認識を統一させないとじゃない?」


 というニーニャさんの意見を採用して、まずは人間の結婚に対する概念を説明することになった。


「ええと、人間の結婚なんですけど……」


 この国は一夫一妻制を取っている。王族だけは子孫を残す為、王妃様との間に子宝に恵まれなかったら妾も持てた。一般的には、神殿や教会で愛を誓い合い、結婚誓約書に双方著名したものを神官が受け取ることで、形式的な結婚が成立する。


 ただこれもどこまで管理しているのかまではあやふやだ。中には結婚せず、いわゆる野合のままという夫婦もいる。正式に結婚するにはお布施を払う必要があるから、貧乏暇なしの恋人同士には少し辛いものがあるんだとか。


 離婚も可能で、正式には結婚誓約書を提出した場所に赴き、誓約書を夫婦揃って火にくべるという何とも言えない作業をする。


 だけどそもそも不仲になっていたり片方が蒸発したり死亡したりしている場合は夫婦が揃わないので、書類一枚を提出しておしまいにしても問題はないらしい。


 なので再婚も気軽にできるし、中にはこっそり重婚しちゃう人もいる。一夫一妻制に反するので本来は駄目だけど、お金持ちの商人とかはどこそこに妾を囲っている、なんて話もちらほら聞いた。


 私の生みの親だって、本妻がいるのに手を出したから私が生まれた。なので、私が考えているよりも案外こういった不貞は多いのかもしれない。


 私の話を聞いたニーニャさんのひと言は、こうだ。


「人間って節操ないのねえ」

「一部の話ですよ、一部」


 その節操なしの種がなければ存在しなかったので声を大にしては言えないけど、一応人間を代表して言ってみた。


 次は魔人の結婚観についてだ。これもニーニャさんが説明してくれることになった。


「魔人も人間と同じで一夫一妻制よ。だけど大きく違うのは、魔人は基本生涯ひとりの番としか結ばれないってことね」

「離婚はしないんですか?」

「死別したりはあるけど、基本はそうねえ」


 なるほど。人間を節操なしだと思う筈だ。とりあえず集落で共有されたりはなさそうで安心する。


「勿論、中には番とどうしてもうまくいかなくて別れたいって場合もあるわ。でもその時も、番のまま別居になるわね」


 魔人にとって、結婚とは一度きりのものらしい。まあ私はネリク以外に目を向ける予定はないから、ここに関しては問題ないかな。


 というところまで考えて、はたと気付く。あれ、これ私、すでにネリクと結婚する気でいない? け、結婚……えへ、へへへ。


「なんだけど、時には別の人と番いたい場合も出てくるじゃない? そういう時は決闘するのよ」


 一気に荒々しくなってきた。なに、決闘って。


 ニーニャさんが、頬に手を当て天井を見上げる。


 そして唐突に始まった。


「乱暴な夫に虐げられていた妻! そこへ妻にひとめ惚れした記憶喪失の旅の男が妻を助けるべく、夫に宣戦布告!」


 ニーニャさんが拳を握り締めている。大丈夫かな。


「死闘の末、男は勝利! 夫は集落から出ていくと、妻と男は番になった……!」

「あのー?」


 熱く語るニーニャさんに若干引いていると、エイダンさんが苦笑しながら教えてくれた。


「この話は実話なんだ。ニーニャの叔母さん……つまりネリクの母親の話なんだよ」


 なんと、そんな演劇のようなことが。


 ネリクは知っていたようで、目だけで頷く。


「え、でもそうしたら、なんでネリクのお母さんはひとりでネリクを育てていたんですか?」

「いえ、いたのよ。ネリクがお腹の中にいる時は、二人で仲睦まじく暮らしていたの。でもある日、二人とも忽然と消えてしまって……」


 ニーニャさんが悲しそうに目を伏せた。


「でも、心配した私の母が叔母の家に行ったら、整理整頓されていてね。だから『ああ、これは自分たちで出て行ったのか』と納得せざるを得なかったのよね」


 出て行って、ネリクが今住んでいる森の中の家に引っ越したのか。でも何故? 生まれてきたネリクを誰も引き取りたがらなかったことに理由が隠されている気がするけど……。


「ネリクはお父さんの記憶はあるの?」


 私の問いかけに、ネリクはふるふると首を横に振る。


「お父さんが突然記憶を取り戻して元の場所に……とか?」

「もし記憶を失う前に番がいたなら、そちらに戻る可能性は高いわね」


 それだけ魔人にとっては番は重い絆なのよ、とニーニャさんが悲しそうに微笑んだ。


「お姉ちゃんはとても優しい人だった。元夫は乱暴者だけど優しいところもあるんだって、酷いことをされても信じていてね……」

「じゃあ……もし記憶を取り戻して苦しんでたら、戻ってと言っちゃいそうな人だった、てことですか?」


 ニーニャさんが頷く。そんな悲しいことって……。


 実際にはどうだったか分からない。だけど、彼女がひとりでネリクを育てていたのなら、何か近いことはあったのかも。自分にはネリクがいるから大丈夫、なんて笑顔で送り出してたりして。……うう、泣けてきた。


 私の隣に座るネリクの表情は穏やかなもので、それが余計に憐憫を誘う。


 ――ネリクの寂しさを埋めてあげたい。


 そう思ったら、口が勝手に動いていた。


「ネリクと結婚します」

「ルチアッ!?」


 ネリクがバッと私に振り向く。少し浅黒い肌がみるみる内に紅潮していった。ふふ、喜んでくれてる。嬉しいなあ。


 エイダンさんとニーニャさんは嬉しそうに見つめ合い、うんうん頷いている。


 と、エイダンさんが尋ねてきた。


「まさかネリクが結婚とは……! あ、そうだ。一応確認だけど、ルチアちゃんて十八超えてるよね?」

「え? 私、今十七ですけど?」

「え?」

「え?」


 ニーニャさんが、「あちゃー」と言いながら手で目を覆う。


「魔人の結婚は十八歳の成人からなの。ネリクは二十歳だから問題ないんだけど」

「え?」


 つまり。


「つまり、ルチアちゃんが成人するまで結婚はお預けだねえ」


 眉を垂らしながら、申し訳なさそうにエイダンさんが言った。

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