26 エイダン家での夜

 ネリクの生い立ちと私に対する気持ちを知ったその日、私たちはエイダンさんの家に泊まることになった。


 ネリクとニーニャさんが台所で並んで料理をする間、私とエイダンさんは沢山話をした。ネリクとの思い出話は聞いているだけで微笑ましくて、ネリクのことを本当に大切に思っているのが伝わってくる。


 血が繋がっているニーニャさんとネリクの似ている箇所を探したら、笑うと涙袋の下にできる横皺とえくぼがそっくりなことを発見した。


 二人に指摘すると、ニーニャさんは「似てるってー!」とはしゃぎ、ネリクはちょっと照れくさそうに小さく笑った。


 二人を見守るエイダンさんの穏やかな眼差しを見て、ネリクにちゃんと帰れる温かい場所があってよかった、と心底嬉しくなる。


 私には血の繋がったアルジェントの父親と腹違いの姉はいても、心が通じ合ったことは一度もない。腹違いの姉に至っては、会ったことすらない。正直名前もうろ覚えだ。


 その程度の関係だったから、きっと私が断罪された後、即座に私の籍を抜いたことだろう。あの腹黒さなら、間違いなくやっている。心底どうでもいいけど。


 私に育ての親と姉が寄り添ってくれたように、ネリクにはエイダンさん一家が寄り添ってくれた。ネリクはちゃんと優しさを知っていたからこそ、血塗れの私を助けてくれたんだろう。


「ネリク。いい家族だね」


 ネリクの耳元で、小声で伝える。ネリクは目元だけで、やっぱり照れくさそうに笑った。


 ふふ、可愛いなあ。ネリクの笑顔、大好き。くさくさした心すら穏やかにさせる笑顔だと思う。今だったらマルコの鞭打ちも六十回まで減らしてあげてもいいかなって気になるもんね。


 お腹一杯になって寝ようという段階になって、ニーニャさんが「あっ! お布団がネリクが使ってた分しかないわ!」と言い出す。


 するとネリクがキリリとした眼差しで、即座に返した。


「ルチアは俺と寝ないからそれじゃだめ」


 と返した。ええと、『ルチアは俺と寝るからそれでいい』ってこと?


 まあ、布団が一式しかないなら仕方ないか。そもそも毎晩ネリクに抱きまくらにされているし、正直抵抗は全くない。


 乙女としてどうなのと思わなくもないけど、最終的に両思いになったから問題なし!


「ま、いつも一緒に寝てるもんね!」


 とネリクに笑いかけると、エイダンさんとニーニャさんが突然大騒ぎを始めてしまった。


「えっ! もうそんな仲だったの!?」


 ニーニャさんが目を大きくする。エイダンさんは立ち上がると、部屋中をうろうろし始めた。


「告白して思いが通じ合ったのは今日だよっ!? えっ!」


 そうなんだけど、落ち着いてエイダンさん。あ、箪笥の角に指ぶつけて飛び跳ねてる。え? なのにまた彷徨くの?


 ニーニャさんはエイダンさんそっちのけで、ネリクに詰め寄った。


「ネリク、ルチアちゃんの合意はちゃんと取ってるの!?」

「け、結婚! 結婚式はいつにしよう!?」


 騒々しい。


「あ、あの?」


 あわあわと顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりしている夫婦を見て、これはもしや盛大な勘違いをしているんじゃ、と気付く。


 ネリクは分かってるのか分かってないのか、エイダンさん夫婦を首を傾げて見ていた。


 ここは私が言う……しかないんだろうなあ。


 意を決して声を張り上げる。


「あの! そういうのじゃないです! ネリクは私を抱きまくらにして毎晩寝てるんです!」

「あ……っそういうこと?」


 エイダンさん夫婦の肩が下に落ちた。


 これ、声を大にして言っていいのかな。元とはいえ聖女なのになあ。


「まだそういうことはしたことないですっ」


 きっぱりと言い切った私に、ネリクが「ルチア?」と服の袖を引っ張る。え? まさか説明しろって?


 どうしたらいいんだろう。ニーニャさんに助けを求めて見ると、ニーニャさんはエイダンさんを助けを求めるような目で見る。


 エイダンさんは全員に注目されてしまい、視線をあっちこっちに彷徨わせた。


 ……頼みます、エイダンさん。


 エイダンさんはひと通りアワアワした後、キッと顔を引き締めて大きく頷いた。


「ぼ、僕はそういうことをネリクに伝えてなかった! ここは僕に任せて!」


 エイダンさんは宣言の後、ネリクを手招きして部屋の片隅に移動する。二人でしばらくゴニョゴニョとなにか話していたけど、ネリクが突然納得したような「あー!」という声を上げた。何に納得したの、ネリク。


 ネリクは爽やかな笑顔で振り返ると、私の前に駆け寄る。るんるんという声が聞こえてきそうなくらいの明るさだけど、何をどう説明されたらこうなるんだろう?


 エイダンさんを見ると、「うん!」と大きく頷いてくれた。意味が分からない。


「ルチア!」

「う、うん?」


 ネリクは私の両肩を優しく、でもしっかりと掴むと、幸せそうな笑顔で見下ろす。


「俺と結婚しないで!」


 ん?


「結婚の後、交尾しない!」


 んん? え、ちょっと待っ……。


 あんぐりと口を開けてネリクを見つめていると、ネリクはやけに熱っぽい目で私を凝視している。


「ま、まさか今の……結婚してって言った?」

「ん!」


 その後の言葉は、結婚の後にしましょうねって意味だろう。わお。ネリクだけに、真っ直ぐすぎる言葉。


 ネリクの背後ではエイダンさんがアワアワしていて、ニーニャさんが恐ろしげな表情でエイダンさんを睨みつけていた。まあ、何を吹き込んだんだって思うよね。私も思ってる真っ最中だし。


「――ルチア、返事いらない」


 返事がほしい、と。それは分かったぞ。いや、でも待って、返事? 結婚しように対する返事、今すぐにするの? 今日両思いが分かったばっかりなのに?


 期待に満ちた、キラキラと光るネリクの眼差し。ま、眩しい……!


「け、結婚……っ」


 はた、と気付く。


「……あのー。魔人の結婚ってどういうものなんです?」


 シン、と辺りが静まり返った。

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