23 ネリクの幼少期
魔術師のお祖父さんとお父さんがある日魔人の集会から連れて帰ってきた五歳くらいの男の子、ネリク。
それまでネリクは、集落とは違う場所でお母さんと二人で暮らしていたらしい。お母さんの出身の集落の長は、時折二人の様子を見に行っては食料や日用品を渡していた。「集落に近付かないこと、存在を知られないこと」が食料を分け与える条件だったという。
だけど、ある日のこと。長が二人の家に向かうと、お母さんが突然亡くなっていた。原因は分からない。多分、急な病じゃないかということだった。
ネリクはお母さんの亡骸にくっついて寝ていた。身体はガリガリになっていた。食料が尽き、長が来るまで何日もの間そうしていたらしい。
さすがに子供を見殺しにはできない。でも、存在はばれたら拙い。長はネリクを連れて夜の闇に紛れつつ集落に戻ると、家の奥にネリクを隠した上で集会を呼びかけた。
さっそく開かれた集会で始まったのは、ネリクの押し付け合い。お祖父さんが耐え切れなくなって啖呵を切ったことで、醜い争いは幕を閉じる。
ネリクを連れて帰る際、お祖父さんはネリクに『反転の呪文』を掛けた。その上で、集会で見聞きしたことは他言無用との誓約書をその場にいた全員と交わす。
エイダンさんには兄弟がいなかったので、ネリクが来てとても喜んだ。弟ができたと、それは可愛がった。
はじめは人見知りしていたネリクも、次第にエイダンさんに懐いていく。
だけど二人は、喧嘩が絶えなかった。大体は、エイダンさんが怒る方。ネリクは怒られては泣き、布団を被って出てこなくなる方だった。
喧嘩の原因は、ネリクが話す内容にあった。
ネリクに掛けられた魔法は『反転の呪文』。呪文の効果で、ネリクの喋る言葉は全て話そうとしているのと反対の言葉を口にしてしまうようになったのだ。
「暑い」と言いたいのに「寒い」と言ったり、「おいしい」と言いたいのに「まずい」と言っったり。
お祖父さんとお父さんにお母さんの大人三人は、すぐに慣れた。だけど幼いエイダンさんは、「そういう魔法だ」とは頭では分かっていても、反対の言葉を言われると混乱したり、時には傷つくこともあった。子供だったから頭の中での変換が追いついていなかったんだろうね、とエイダンさんが苦笑する。
ネリクの言葉に傷ついてエイダンさんが泣いて怒ると、大人はエイダンさんを叱る。ネリクも自分の意思でそう言っている訳じゃないから、理解してやりなさいと。
エイダンさんだって、分かってはいた。でもみんながネリクばかりを可愛がるのが段々悔しくなり、ある時「本当はちゃんと喋られるんだろう!」と吹っかけてしまった。
すでにその頃、ネリクは集落の子供たちから「頭のおかしい奴」と言われて仲間外れにされていた。ネリクを嫌わない年の近い子供は、もうエイダンさんのみ。
だからネリクは、無理をしてしまったのだ。
ネリクは思っていることを、頑張って喋った。するとその瞬間、呪文の効果で喉が内部から焼かれ、血を吐いた。
痛みにのたうち回るネリクを見て、エイダンさんは恐怖から悲鳴をあげた。
すぐさま飛んできたお祖父さんが、気を失って倒れているネリクの喉を確認する。すると喉はもう治っていて、全員ホッと胸を撫で下ろした。
本来、無理やり呪文の効力を捻じ曲げて反転を打ち消すことなどできない。だけどネリクはそれを力技でやってのけ、やってのけたが故に喉を焼かれてしまった。
呪文の命令に逆らえば話すことはできる。でも、自己治癒能力はあっても、激痛が襲うことに代わりはない。
さすがにこの時はエイダンさんはこってり怒られて、心から反省した。
エイダンさんは、目を覚ましたネリクに泣いて謝った。もうこんなことやれなんて言わないと。ちゃんとネリクの話を聞くから、理解する時間を自分にくれと。
その日から、二人は本当の兄弟になった。
だけど、反対の言葉しか口にできないネリクは、集落では浮いていた。呪文のせいだとお祖父さんたちが住民に説明していたけど、「なんでそんな呪文にかかってるのか」という質問に、彼らは答えなかった。誓約書に違反するから。
そして、違いがもうひとつ顕著になる。
子供の頃は角がないのは一般的。だけど、大きくなってもネリクの頭には角が生えてこなかった。
角は魔人の象徴とも言えるもので、角が生え切ると魔力が安定して魔法が使えるようになる。
これが『反転の呪文』のせいなのかは、お祖父さんたちにも分からなかった。ネリクには自己治癒できる力がある。非常に珍しい力だけど、だから魔力を持っているのは証明できている。
でも、ネリクは治癒以外の魔法は使えなかった。
『出来損ない』、『半人前』と言われたネリクは、家族以外とはより一層関わらないようになっていく。
エイダンさんは、『反転の呪文』を解いてやってよとお祖父さんとお父さんに何度もお願いした。だけど彼らは首を横に振った。
エイダンさんは、しつこく何度も食い下がった。自分の大切な弟が邪険にされるのは、我慢がならなかった。
するとある日、彼らは家の本棚にあった一冊の本をエイダンさんに見せた。それはお祖父さんが記した日誌で、ここに全ての真実が書いてあるとお祖父さんは言ったそうだ。
「そろそろエイダンも角が生え切ったようだし、魔術師の訓練を始めようか」
「魔術師の資質があると認めることが出来たら、後継者としてこの日誌に掛けられた魔法の鍵の開け方を教えてあげよう」と言われたエイダンさんは、可愛いネリクがこれ以上苦労しない為に、と特訓を始めた。
エイダンさんは頑張った。頑張って頑張って、師匠でもある二人から「じゃあそろそろ解除方法を教えてもいいかな」と許しを得た、その夜。
集落を、魔物の群れが襲った。
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