24 ネリクがひとりになった経緯

 魔物の襲来は、小規模な魔物暴走スタンピードと言える程度には規模が大きかった。


 動ける大人はみんな、集落を守る為に戦った。子供と老人は家の中に隠れながら怯え、魔物の咆哮と大人が放つ剣戟や魔法の音を聞きながら、眠れぬ夜を過ごした。


 エイダンさんはというと、自分も行くと暴れるネリクを抑えるのに必死だった。お願い行かせてと、反対の言葉で訴えるネリク。日頃とは違う様子のネリクを見てエイダンさんは予感めいたものを感じたけど、だからといって幼い弟を危険に晒す訳にはいかない。


 暴れるネリクを必死に抱きかかえながら、辛いひと晩を過ごした。


 やがて外は静まり返り、窓から朝日が差し込んでくる。


 魔物は陽の光に弱い。集落は、魔物暴走に勝った。


 エイダンさんはホッとして、泣きつかれて寝てしまったネリクを布団に残したまま、家の外に出た。


 すぐに、傷だらけの大人の姿が視界に飛び込んでくる。


 エイダンさんは、お祖父さんと両親の姿を探した。何人かが、悲しそうに集落の入口を指差してくれた。


 エイダンさんは焦燥感を覚えつつ、懸命に足を動かす。


 そして――集落の門の前に横たわっている彼らの遺体を見つけてしまった。


 怪我人を逃がす為、魔力に優れていた彼らは最前線で戦い続けたのだ。


 彼らのお陰で助かった命が、沢山あった。エイダンさんは、大勢の人に感謝された。


 だけど。


 ありがとうの言葉に何の意味があるのか。エイダンさんは呆然として、動けなくなった。


 ……どれくらいそうしていたのか。気が付くと、エイダンさんの隣にはネリクが立っていて、潤んだ赤い瞳で悲しそうに見ていた。


 エイダンさんはネリクを抱き締めると、二人揃って泣いた。



 エイダンさんは、魔術師としては新米だ。でも、基礎は学んでいる。


 お祖父さんや両親が最前線に残ったのは、万が一があってもエイダンさんにならネリクを託せると思ってくれたからなんじゃないか。


 エイダンさんは、考えを前向きに切り替えた。ネリクと二人生きる為に、後ろを向きたい気持ちを懸命に振り払った。


 毎日必死で残された魔術書を読み解き、練習を繰り返し。エイダンさんは、少しずつ実力を付けていった。


 頑張るエイダンさんの身の回りの世話を、ネリクは完璧にこなしていたそうだ。今の超優秀な家事能力は、この時期に培われたものなのかもしれない。


 エイダンさんは頑張った。だけど、お祖父さんの残した日誌だけは、どうしてもひらけなかった。無理に開こうとすると、チリッと火花が散ってしまう。大事な資料が燃えてしまってはならないと思うと、無茶はできなかった。


 ネリクは「もういいよ」と反対の言葉で言ってくれたけど、エイダンさんはネリクにかかった魔法を解いてあげたくて、もっと研究した。


 エイダンさんが優秀な魔術師になるのと比例して、ネリクに対する周りの当たりがどんどん酷くなっていっていた。魔法が使えないネリクは、周りからエイダンさんのお荷物と見られていたのだ。


 エイダンさんには縁談の話もいくつか持ち上がっていたけど、みんなネリクと関わることを嫌がった。ネリクは出ていくと言ったけど、エイダンさんはネリクを必死で引き止めた。


 自分の家族はネリクだけなんだと。ネリクだけが一番大切なのだと。


 そんなある日、ひとりの女性がひょっこりと集落に現れた。それがニーニャさんだ。


 なんでも両親にいい加減結婚しろと言われて、「自分より魔力が強い人じゃないといや!」と主張。両親が勝手に縁談をまとめようとしたので、「自分より強い相手を連れてくるんだから!」と啖呵を切って出て行ったらしい。ものすごい行動力だ。


 いくつかの集落を回った。だけど、強くても既婚者だったり女性だったりと、いい相手がいない。と、あちこちで「だったらエイダンがいいよ」と聞いてはるばるやってきたのだ。


 エイダンさんはニーニャさんを警戒して、ネリクがいるからときっぱり断った。するとニーニャさんはネリクを見てひと言。


「お姉ちゃんにそっくり!」


 驚いたエイダンさんは、話を聞いてみることにした。お姉ちゃんというのはニーニャさんのお母さんの妹のことで、何年も前に集落を出ていってしまっていた。懐いていたニーニャさんは色んな人に所在を聞いたけど、誰も知らなかった。


 今回色んな集落に顔を出した時に、叔母さんの消息も尋ねていたそうだ。


 エイダンさんがネリクの生まれ育ちのことを話すと、ニーニャさんは「それやっぱりお姉ちゃんよ! てことは、ネリクは私の従兄弟!」と勝手に納得し、ネリクを滅茶苦茶可愛がり始めた。そして当然のように居座り、気付いたらエイダンさんはニーニャさんと恋に落ちていた。


 エイダンさんとニーニャさんは結婚して、ネリクと三人で暮らし始めた。


 だけどネリクは「新婚のいる家はちょっと」と反対の言葉で言うと、荷物をまとめて出て行こうとするじゃないか。


 エイダンさんとニーニャさんが必死で止めても、ネリクは「ひとりがいい」と言って聞かなかった。


 そして引っ越した先が、あの丸太小屋だ。かつてネリクとお母さんが二人で住んでいた家だった。


 基本ひとりで行動するしかないネリクが、集落の外で狩りをしていた時に偶然見つけていたらしい。中を見て自分が住んでいた家だとすぐに気付いたネリクは、帰りたいと願った。


 それでも必死に引き止める二人に、これまで遠慮して言えてなかったネリクは今度ははっきりと伝えた。


「二人以外の魔人は嫌いなんだ」と。反対の言葉で。


 ネリクに対する他の魔人の態度は悪化する一方で、ネリクにいい環境でないことは二人とも理解はしていた。でも、集落を出たら完全にひとりになってしまう。


 それでもネリクはひとりの方がいいと繰り返して――定期的に顔を出すことを条件に、エイダンさんの家をあっさりと出ていった。

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