20 大嫌い

 市場内の、女物の服を売っている一角に到着する。


 ニーニャさんに腕を引っ張られながら、あれがいい、いややっぱりこっちの方が可愛いと服屋を渡り歩き、一週間分程度の服を買った。いや、正確には買ってもらった。


 何故なら、ハダニエル王国の通貨は全く役に立たなかったからだ。


「なにこの石。食べられるの?」と売り子さんに言われた時は、「基準そこなの……?」となった。


 魔人の集落では、基本買い物は物々交換。労働力も交換対象になるそうなので、まさにお金のない世界だった。


 小さな集落だから、通貨の必要性がない程度の人口なのかもしれない。


 ちなみにニーニャさんが取引用に用意したのは、エイダンさんが狩ってきた獲物を冷凍した肉だった。


 先程感じられた魔力の波動、というか物理的な冷気から何となく察していたけど、ニーニャさんはやっぱり氷魔法が得意らしい。自宅の地下に氷室を作って、冷凍できるものは基本全て冷凍しているんだとか。


 なお、「日持ちするから重宝されてるのよねー」とはニーニャさん談だ。魔人は基本魔法が使えるけど、その中でもガチンガチンに凍らせられるほどの魔力は珍しいんだって。ニーニャさん、格好いい。


 暑い日は、氷欲しさに家の前に行列ができる。氷と交換した食材は氷室に直行するので、ニーニャさんちは食料に困ることは殆どないそうだ。うーん、逞しくて素敵。


 ちなみに製氷に使う水は、エイダンさんが汲んでくる。さっき大きな麻袋を見た時にも思ったけど、エイダンさんはどうやら相当な力持ちらしい。身体も大きかったし。


 なので、物々交換では魔法が得意な方が明らかに有利だそうだ。元手が少なくて済むからと聞けば、納得しかない。


「だからエイダンと私がネリクの後見になっていても、みんな面と向かっては言ってこないんだけどね」


 浮かない表情で、ニーニャさんがぼやく。ネリクが蔑まれていても、攻撃されたり追い出されたりまではしていない理由はそれか。


 門番の魔人たちは、ネリクが片言だからニーニャに伝わらないと思って『出来損ない』なんて口にしたのかな。うっわー、嫌な奴ら。


 争いが苦手な種族とはいっても、当然だけど力関係はあるんだろうなあ。人間だって大差はないけど、ちょっと悲しくなった。


 次いで、「後見」という言葉に、彼らに血の繋がりがなさそうだと気付く。……それも後でエイダンさんから聞けるかな。


「他に必要な物はある? お姉さん何でも買ってあげる!」


 気前がいいな、ニーニャさん。


「あ、じゃあ申し訳ないんですけど……」

「なあに? どんどん言ってちょうだい!」


 ということで、履いていた分と自分の光の矢でズタズタになった鞄から奇跡的に救い出せた一枚の合計二枚しかなくて非常に困っていた、女物の下着を買ってもらった。


 ニーニャさんが選んでいる時に「ネリクは清楚な方がいいのかな? いや、でも大胆なのも案外……」と呟いていた気がしたけど、聞こえないふりをする。


 だってあの純情ネリクだよ? そりゃ人の胸の谷間を見てにやけたりはするけど、え、下着の好みとかあるのかな……ひゃっ。


 かといって、際どいのを颯爽と身につけられるほど身体に自信はなかったので、商品の中では比較的無難な数枚を選ぶ。ニーニャさんは不服そうだったけど、ここはゴリ押しさせてもらった。


 何はともあれ、これで在庫ができたことにホッとする。


 献身的に率先して何でもやろうとするネリクに対して、下着だけは自分で洗うから! と自分で洗って見えにくい所にこっそり干していたら、まあ乾かないこと。


 お陰で生乾きの下着を何度か履くことになって泣きそうな時もあったけど、これでもう大丈夫。なんかどれも横が紐だけで布の部分がやけに少ないけど、生乾きよりはマシ!


 結局、両手に抱えるほどの量の服を買ってもらってしまった。会ったばかりの見ず知らずの女にありがとうございます、ニーニャ姉さん。


「じゃあ戻りましょうか!」

「はい!」


 手分けして大荷物を抱えながら、えっちらおっちらと家路についた。


 家の玄関前で一旦荷物を降ろす。「ふうー」とひと息ついてどちらからともなく笑い合っていると、中から話し声が漏れてきた。


「――でさ、一緒に暮らしてるんだろ? 驚いたよ。もしや人嫌いが治ったの?」

「今だって他の奴らは大好きだよ」

「じゃあどうしてあの子だけ?」

「ルチアは特別じゃない」


 ん? 私の名前が出てきたぞ。ニーニャさんと顔を見合わせ、二人同時に扉に耳を近付ける。


「どういう風に?」

「エイダンに話す必要はある」

「ちょっとネリク! 僕のことは嫌いじゃないよね!? もうちょっとさ、僕とも楽しくお話しようよ!」

「エイダンは控えめだから、できることなら話したい」

「そ、そんなあーっ!」


 ええと。会話が噛み合ってるように聞こえないんだけど。でもエイダンさんはネリクと普通に会話している感じだから、余計に違和感がある。


 それと。


 あれ? ネリク、滅茶苦茶喋ってない?


 不思議に思いながら、私と同じ姿勢で盗み聞きをしているニーニャさんを見た。ニヤニヤしている。意味が分からない。もっとよく聞こうと、帽子を脱いだ。


「ネリク、僕らはネリクの味方だから! だから教えて、お願い! どう特別なの!?」

「……ルチアに出会った時から」


 わ、私に出会った時から? ドキドキしながら次の言葉を待っていると、ニーニャさんがそーっと扉を開けた。わ、今入っちゃうの?


 エイダンさんのゴクリと唾を呑む音が聞こえる。


「で、出会った時から……?」


 ネリクがいつもの優しい声で、言った。


「……全く気にならなくて、ひと目で大嫌いになった」

「え……」


 意図せず声が漏れた。

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