19 魔人についてやっと聞く
ネリクとエイダンさんとは、ここで一旦別れることになった。
私とニーニャさんとで、集落の中心にある市場に行くからだ。
「嫌な思いをすることもあるから」とニーニャさんに言われて、耳と角が象られた猫耳帽子を被る。すると、ネリクが口を手でパッと押さえて、もぞもぞと悶え始めた。目元が緩みまくっている。
「ルチア、」
うんうんと何度も頷くネリク。どうやら、この耳付き帽子がお気に召したらしい。
「え、あ、そう? えへへ、よかった」
「ルチアちゃん、似合うー! 可愛い! さすがネリクが連れてきただけあるわね!」
さすがの意味がよく分からないけど、ニーニャさんにも褒められたので悪い気はしなかった。
笑顔でネリクたちに手を振る。
「じゃあ行ってくるわね!」
「ネリク、後でね!」
「んー」
家の外に出ると、ニーニャさんの隣に駆け寄る。
「あの、ニーニャさんたちとネリクってどういう関係なんですか?」
実はネリクの手前、聞き辛かったんだよね。
私の質問に、ニーニャさんが意外そうな顔で小首を傾げる。
「ネリクは何も説明してないの?」
「全てが初耳です」
「あら」
エイダンさんやニーニャさんのように親しくしている人がいることすら、ひと言も聞かなかった。そもそも近くに他の魔人が住んでるのを知ったのだって昨日のことだし。
これまで情報源がネリクしかなかった私は、情報弱者で間違いない。
「だってネリクって殆ど喋らないじゃないですか」
「……あー、なるほど。うんうん、そういう感じなのね」
「え?」
ニーニャさんはひとり何かに納得したように頷く。詳しく聞けるのかと思いきや、「後でエイダンから説明させるわ。エイダンの方が事情に詳しいから」と言われてしまった。何やら事情があるのかな? と頷き返す。
ニーニャさんが、穏やかな笑みを向けた。
「じゃあ、殆ど何も知らないのにネリクとずっと一緒にいてくれたのね。ふふ、嬉しいなあ」
「え? いえ、ネリクって凄い親切で優しいから、私の方がお世話になりっ放しで」
すると、ニーニャさんが楽しそうにコロコロと笑い出す。
「ふふ、あはは……っ! そうなのね、あの子ってば」
「え? ちょっとニーニャさん、どういう意味です?」
ニーニャさんは楽しそうな表情で、口元に指を一本当てた。
「それは後で、ネリクの前で教えてあげるわよ。うふふ、あの子ってばどんな反応するのかなあ!」
「はあ……」
全く以てよく分からないけど、後で分かるなら……まあいいかな。
ニーニャさんが、いたずらっ子みたいな笑顔で尋ねる。
「その他知りたいことがあったら、どうぞ聞いて?」
「え? あ、じゃあ」
ならば、と早速魔人の存在を知らなかったと伝えると。
「人間って戦争ばっかりしている種族なんでしょう? 魔人は基本的に争い事が嫌いな種族だから、人間を避けて暮らしているのよ。だから存在を知らなかったのかしらねえ」
「言われてみれば確かに、争い事ばっかりですね」
政権争いに内紛に、時折起きる国家間戦争。私があそこを追い出されたのだって、いつの間にか巻き込まれていた聖女の権力争いに負けたからだ。
更に、ずっと気になっていた質問をしてみた。
「失礼な質問かもですけど、魔人は魔物とは違う種族、なんですよね?」
ニーニャさんが、私の頬をツンとつつく。
「やだあルチアちゃんってば、当たり前でしょ! 魔物は瘴気から産まれてくるじゃないの! 私たち魔人は普通の生き物と同じく母親から産まれてくるんだから!」
「あ、そうなんですね。よかったあ……っ」
ニーニャさんの明るい回答を聞いて、胸を撫で下ろした。魔物を浄化した私にとって、ずっと気になっていた点だったから。
怪訝そうな顔の、ニーニャさん。
「ちなみにルチアちゃんは、どうしてそう思ったの?」
「いやあの、ネリクの目が同じ色だから、関係あるのかなあなんて……」
「あーなるほどね」
ニーニャさんが、納得したように頷く。
「あの子の存在はちょっと特殊なのよ。だからほら……感じなかった? 他の魔人の態度」
「感じました……。『出来損ない』って門番の人に言われたりしてましたし」
すると、ニーニャさんの耳がピクリと反応した。「門番……あいつら……」とい呟いているので、誰がネリクを貶したのか、瞬時に理解したらしい。
急に辺りの空気がうすら寒くなった気がするけど、魔人って魔法が使えたりするのかな。凍った空気がキラキラ輝いているから、これって多分そうだよね……。
「あ、あの……?」
「はっ! 私ったら、無意識に周りを凍らせちゃった! 怖がらせた? ごめんねえ!」
やっぱり魔法だった。
「いえ、私も一応使いますし」
「あらそう? ルチアちゃんってばいい子!」
とりあえず嫌われてはいないみたいでよかった。
基本、人間は魔法が使えない。だから、少しでも使えると一気に注目を浴びてしまう。そして権力者が我先にと囲い込みをするのだ。私がそのいい例。
だけど、ネリクが魔法を使っているところは見ていないけど、魔人にとって魔法は結構身近なものなのかな。これまで考えたこともなかった。
ニーニャさんが話を続ける。
「私たち魔人は、神獣と人間の間に生まれた子供の子孫と言われているの」
「神獣?」
聖女として城に連れて行かれた際、聖女の役割を説明された時に世界の成り立ちや神話についても詳しく説明を受けた。
平民だった頃は知る必要もなかった国が置かれている状況も、聞いてもいないのに教えられた。
だけど、その中のどこにも「魔人」の単語はなかった。唯一聞いたのは、『白の神獣は国の守護神』ということだけ。
でも、『白の神獣』は神様の使いとしか聞いていなかった。
「ええ。魔物とは正反対の、どちらかというと神様に近い存在なのかしらねえ」
可愛らしく笑うニーニャさん。
「まあ、その辺りもエイダンの方がきちんと説明できると思うから。ほら、そろそろ着くわよ」
ニーニャさんが私の腕に腕を絡ませる。魔人は距離感が近いのか、それともネリクの同居人だから私にも優しくしてくれるのかな。
どちらにしても――暖かくてこそばゆくて、嬉しくなった。
「ネリクに可愛い姿を見せてあげましょ!」
「――はい!」
ニーニャさんに腕を引っ張られながら、賑わう市場に足を踏み入れたのだった。
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