17 エイダン
門を潜った先に、集落はあった。
ネリクの家と同じような丸太小屋があちこちに建っていて、老若男女の魔人が忙しなく動いている。
「人がいるね……」
「ん」
ひと月もの間二人で穏やかに暮らしてきたから、まさかこんな近くに集落があるなんて思ってもみなかった。
昨日のネリクの様子からして、多分ネリクは他の魔人にいい印象を持ってない。もし私が聞かなければ、教えないままだったのかもしれなかった。
ネリクが魔人に対していい印象を持っていない理由は、来て早々分かったし。
丸太小屋が両脇に並ぶ道の真ん中を進むネリクの表情は、険しい。門番の『出来損ない』という言葉にも感じた侮蔑が、ネリクに気付いた魔人たちの顔にも浮かんでいるように見えた。
中には憐れんでいるような顔の魔人もいる。だけど、指を差してあからさまに嘲笑してくる魔人の方が圧倒的に多かった。
こんな態度を取られたら、そりゃ来たくなくなる。片言のネリクは、彼らに言い返すこともできないだろうし。
――なによ。ちょっと角が生えてなくて言葉が少し不自由なだけじゃないの。滅茶苦茶優しいし家事は完璧だし、懐いてくる時なんて鼻血が出そうになるくらい可愛いのに、なーにが『出来損ない』よ。
お前らその目で見続けるつもりなら光の矢で射てやろうか? と睨みつけると、彼らは不穏な気配を察したのか、目を逸らした。ふんだ。
魑魅魍魎が跋扈する王城で暮らしてきた私にとって、この程度は屁でもない。
でも、ネリクは。
真っ直ぐしか見ていない目に浮かぶのは、悔しさか。噛みしめる唇が白くなっているのを見て、切なくなった。
集落にいる魔人はみんな、角を持っている。子供は角が生えていないか、生えかけ程度に小さい。門番の言う『出来損ない』はこれが原因か、と気付いた。
角がないと半人前とか? 可能性はある。と考えると、ネリクが集落の外でひとりで暮らしていることも、納得はできなくても理解はできた。
私の体調が回復したと報告した時、ネリクは苦しそうに「行っちゃ駄目!」と訴えてきた。事ある毎に感じるネリクの孤独の原因は、きっとこれだ。
ネリクの中での私の存在は、考えていた以上に大きいのかもしれない。
『出来損ない』と言われて侮蔑の目に晒され続けたら、集団の中にいたいなんて思う方が無理だ。ロザンナ様の話ばかり聞いて私の言葉に一切耳を貸さなくなった城の奴らに馬鹿にした態度を取られる度、腸が煮えくり返っていたから分かる。
白髪でやせ細った姿から、奴らは私を弱っちい人間だと思い込んだんだろう。だけど元来、私は気が強い。聖力切れしていたので口論する気力がなかっただけで、元気だったらいくらでも相手をしてる。
このめげない性格が災いして「自分で何とかしよう」と限界まで粘った結果があれだったと思うと、もっとしおらしくアルベルト様に縋っていた方が正解だったのかもしれないけど。
と、キラキラなアルベルト様の姿が脳裏に浮かび上がる。途端に吐き気をもよおした。うげ、ないない。自分の見目がよくて最高権力者だって分かってる余裕ぶった唯我独尊は、気持ち悪いのひと言に尽きる。
改めてネリクの横顔を見る。いつも私が快適で居られるように心を配ってくれるネリクとの優しい日々は、国外追放された上にマルコが自己陶酔した結果突き落としたからこそあるとも言える。……もし次にマルコに会ったら、鞭打ち八十回くらいで許してあげようかな。
じっと見ていると、視線に気付いたネリクが「ん?」という顔で私を見下ろした。
険しい顔を何とかいつもの優しい顔に戻してあげたい。どうしたらいいかと考えた私は、いつもネリクが布団の中で私にしていることをしてあげることにした。あれ、安心するんだよね。
「ネリク!」
横から、むぎゅっとネリクの胸に抱きつく。大丈夫、私は隣にいるよ、ネリクの味方だよって思ってほしい。
「……ルチア」
ほわりとした笑顔になったネリクを見て、今度はネリクの腕に腕を絡ませる。嬉しそうに微笑むネリク。うん、やっぱり笑顔が一番。
私たちを遠目で眺めている魔人たちが、ざわつき始めていた。「出来損ないの癖に」っていう声が聞こえてきたのでギッ! と睨みつける。ネリクが許しても、この私が許さないよ!
いつかこいつらをぎゃふんと言わせたいと考えていると、ネリクが「こっち」と十字路を左に折れていった。
道なりにしばらく進む。少し奥まった場所に建っている一軒の家に向かっていった。ただの家のように見えるけど、ここで服を売ってるのかな?
玄関扉の前で、ネリクが止まる。扉をドンドンと叩くと「エイダン!」と呼んだ。……誰かな。
すると、中からバタバタと駆け寄ってくる音が聞こえ、扉が開かれる。
「――ネリク!」
大きな魔人の男が、ガバッとネリクに抱きついた。えっ。
「ネリクぅっ! 何でずっと顔を見せてくれなかったんだよお! 寂しかったんだぞお!」
「エイダン、あの」
ネリクが拘束から逃れようと藻掻いている。だけど、ネリクよりもふた回りは大柄な、頭頂からピンと立った黒い角を一本生やしたがっちり体型の男は、絶対に離そうとしなかった。
ネリクよりは年上かな。エイダンと呼ばれた男は、ネリクの頭にぐりぐりと頬を擦りつけている。……愛情表現がえげつない。と同時に、既視感を覚えた。私、これを毎日やられてるぞ。まさか、元ネタはこれ?
「エイダン!」
ネリクがエイダンさんの顔を鷲掴みにする。エイダンさんは「はっ!」とようやく正気を取り戻した。
「苦しくない!」
「わ、悪かったネリク」
口ではそう言いながらも、エイダンさんは離れがたいのか、ネリクの肩を掴んだままでいる。と、エイダンさんの四角い男臭さ満載の顔が、私に向けられた。やっと気付いたらしい。
「……誰?」
「ルチア」
ぶすっとした顔のネリクが答える。
エイダンさんは人好きのする笑顔を浮かべると、私に握手を求めてきた。
「どーもー! 僕はエイダンです! ルチア……くん? どこの集落の子かなー?」
まだ他に集落があるんだ。というか、私のことを魔人の男の子か何かと勘違いしてない?
「ネリク、これ取ってもいい?」
顔を隠している布を指す。ネリクが「ん」と頷いた。
布をすぽんと抜くと。
「え……うわ……お、女の子……! ネリクが女の子といる? うぉっ!? うえぇ!?」
目を丸くしたエイダンさんが、急にソワソワしだした。
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