14 切実に服がほしい
至れり尽くせりの日々も、度が過ぎると居た堪れなくなる。
平民の時は家事手伝いをするのが当たり前だったし、聖女になってからはそれこそ瀕死寸前まで働いていた私だ。
こうも何もしないでいると、落ち着かなくて仕方ない。自分が貧乏性なのは分かっている。
「ネリク! 私はもう元気だから、何か仕事をちょうだい!」
右腕に力こぶを作って元気さを表現してみたけど、ネリクに疑わしそうな目で見られた。
「言ったでしょ? 私には強い味方聖力があるから、治癒速度が早いのよ」
「んー」
それでも首を縦に振らないネリク。そこで私はいい方法を思いつく。マルコに見せたのと同じ方法を取れば、きっとネリクも信じる筈!
ネリクの目の前に手のひらを広げると、「ちょっと待ってね!」と台所に走る。
料理用の小刀を手に取り手首に当てた、その時。
「ルチアッ!」
真っ青になったネリクが飛んできて、小刀を持つ私の手首を掴んだ。物凄い馬鹿力に、小刀が落ちて床に突き刺さる。
「な、なにしてるんだっ!」
お、珍しく長い言葉。と、みるみる内にネリクの目に涙が浮かんできた。
「私の治癒能力の凄さを見せたら信じてくれるかと思って」
「信じないから!」
「見たら信じられるから! スーッと治るんだよ? ネリクが見つけた時、私血だらけだったけど怪我はなかったでしょ? ネリク、さては信じてな――きゃっ」
ネリクは私をぎゅっと抱き締めると、下唇を噛む。
「……きのこ狩りなら」
「仕事くれるの?」
「ん」
ネリクはぐりぐりと頬を私の頬に擦り付けながら、しばらくの間私を拘束していた。
……可愛いな。
◇
ネリクはいつも、私を寝台に寝かせてから家事を行なう。
薪割りも水汲みも全部ひとりでやるし、仕掛けておいた罠に捕らえられた動物を捌いたりするのだってテキパキやってしまう。
近くの川で洗濯だってするし、丸太小屋の前に生えている木に洗濯物を干すのだってお手の物だし、基本手際がいいので何でもひとりでこなせる。正直私の力なんて要らないだろう。
片言なのに加えて拾ってきた私への懐きっぷりから幼さが目立つけど、意外や意外、蓋を開けてみたら何でもひとりでそつなくこなす、私なんかより全然自立している人だった。それでもネリクの可愛さに上限はないけど。
でも私だって、いつまでもお客さんではいられない。私がひとり増えた分、確実に彼の負担は増えている筈。
だったら少しずつ家事を分担させてもらったら、きっとネリクも喜ぶと考えての提案だった。
とは言っても、私は全く以てきのこに精通していない。
「ネリク、これは?」
「毒きのこ」
「うーん、違いが分からない……」
ネリクが「これ」と言って取って見せてくれたきのこと同じ種類のを見つけたと思っても、どうも違うらしい。……毒って聖力は効くのかな。
「裏の色」
「あ、本当だ。こっちは茶色いね。黄色いのが毒か」
「ん」
なるほど、と私はキラキラと日光が輝く森の中を探し回った。そしてとうとう、一本の木の根元にそれらしききのこを見つける。
屈んできのこのひだの裏側を覗き込むと、茶色い。
毒きのこは触っちゃ駄目と仕草で言われていたので、心配そうな目で私を見ているネリクを手招きした。
「ネリクネリク! これ、そうじゃない!?」
ネリクも私の前にしゃがみ込むと、ひだの裏を覗き込む。
「ん!」
にこにこと私を振り返った途端、ネリクはビクッとして私の胸元を凝視した。
面白いくらいに真っ赤になるネリクを見て、どうしたんだろうと目線を下ろすと。
「あ」
ネリクに借りている服は、全体的に大きい。よって、襟もけっこう広いものが多い。つまりどういうことかと言うと、以前よりはふくよかになって丸みが増した私の胸の谷間が……。
「きゃっ!」
慌てて身体を起こして、胸元を腕で押さえる。ネリクがちょっぴり残念そうな顔になった。このえろ魔人め。
無言のままきのこを採取すると、ネリクが持つカゴに入れる。
頬を緩めては慌てて引き締めるネリクを見ていたら、騒ぐ気も失せた。
かといって、この問題をこのままにしておいたら、いつか間違いが起きる可能性だってなきにしもあらずだ。
ま、まあ、ネリクがどうしてもって言うなら私だって考えなくはないけど。でもこれじゃ、色仕掛けしているみたいで何か違う気もするし。
いやでも、そもそもネリクの幼さから考えると、可能性があるのかすら分からない。――うん、深く考えるのはやめよう。
残念ながら私に裁縫の腕は皆無だし、そもそもこれはネリクの服だし勝手に改造するのも憚られた。
ふと、疑問に思う。
――あれ? ネリクってどこで服を調達してるんだろう? と。
まさかなあ、と思いつつも聞いてみた。
「ネリクの服ってどうしてるの? ネリクが作ったの?」
ネリクは首を横に振る。
「拾った?」
また横。
「……まさか買った?」
今度は縦に振る。え、嘘。どこで?
「もしかして女物の服も売ってたりする?」
ネリクは思い出すように首を傾げると、しばらくしてから頷いた。売ってるのかーい!
「ちなみにそれって、買うことできる? ハダニエル王国のお金なら持ってるんだけど」
これには、ネリクは首を傾げた。どういうことだろう。さっぱり分からない。
ちなみに私が鞄に詰めていた女物の服は、残念ながら魔物の襲撃の際に自分が放った矢のせいで色んな所が破れてしまっていた。今はネリクの家の雑巾に転職して活躍している。ネリクが器用に針と糸で雑巾を縫っていた。
ネリクに胸元を詰めてとお願いすることもできたけど、なんか意識してると思われるのが嫌で、言えなかった。
それにしても、この子できないことあるのかな。家事能力高すぎるんだけど。
するとネリクが言った。
「女物の服、いらないでしょ?」
「買えるならほしいよ」
胸元云々以外にも、動きやすさは重要だし。
「……うう」
何故か物凄く嫌そうな表情になったネリク。一体どうしたんだろう。
眉間に深い溝を作りながら、唇を尖らせる。
「他の魔人にルチア見せたい」と言って私を指さすと、首を横に振った。……意味が分からない。そもそも他に魔人いたのか。一度も聞いてないよ。ネリクの片言じゃ伝えられなかっただけかもしれないけど。
「他にも魔人がいるの?」
「ん」
「あ、まさか私を見せると問題あるとか?」
なんせ私は人間だし、しかも聖女だ。魔人の定義が相変わらずさっぱり分からないけど、他の魔人は人間が嫌い、なんてこともあるのかもしれない。
「ん!」
力強くネリクが頷く。じゃあ無理かなあと諦めかけていたら、ネリクが物凄く不服そうに尋ねてきた。
「……本当に、女物の服いらない?」
「いや、だからほしいってば」
「んー」
ネリクは首を右や左に傾けた後、実に嫌そうに溜息を吐いた後。
「……明日ね」と言ったのだった。
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