13 懐かれた
それからというもの、ネリクは私を抱き枕にして寝るようになった。本人曰く「ルチアを温めない」為らしい。……意味が分からない。
だけどそもそも考えてみたら、寝台はあのひとつしかない。しばらくお世話になるということは、どちらかが床で寝ない限りは同じ寝台で寝るという意味に他ならなかった。
いや、確かにしばらく置いてほしいとお願いしたのは私だけど! まあネリクは身体は大きいけど可愛いし獣の耳が生えてるせいもあって犬っぽいけど、でもこれは倫理的にどうかな!? 聖女を辞めた途端こんなことをして、それこそ神罰が下らないかな!?
とか色々悩んでみたけど、ネリクのあまりの可愛らしさと献身ぶりに、私の倫理観はあっさりと陥落した。だって可愛いんだもん。
最初の日、まだ殆ど見知らぬ人だったネリクに突然添い寝されてもちっとも嫌じゃなかった理由が、今なら分かる。
ネリクは滅茶苦茶感情豊かな大型犬、もしくは身体が大きい子供、以上。
時折ふと我に返って「え? 恋人でもない男の人と同じ布団で寝てるのっていいんだっけ?」と悩む時はあった。だけど、ネリクから感じるのは子供からの好意に近い純粋なもの。自分だけ意識しているのが途中で馬鹿馬鹿しくなり、考えるのをやめた。
ネリクが片言でしか喋らないのが、彼の幼さに拍車を掛けているんだと思う。それとも魔人ってそういうものなのかな。
ただ分かるのは、長年ひとりで暮らしていて人恋しかったんだということ。私への懐きっぷりは、それはもう凄いものだったから。
体調が大分よくなったと言ったら、苦しそうに喉を手で絞めつけながら「行っちゃ駄目!」と言われたら、特に行くあてのない私に断れる筈がない。
毎日甲斐甲斐しくご飯を用意してくれるし、私も少しは手伝おうとすると寝台に押し込めて寝かせようとする。
最初に血だらけの私を見たから看病しなくちゃ! と思っているのが伝わってくるのだ。聖力のお陰で大分体調もいいけど、普通の治る速度じゃないからかいまいち私の「大丈夫」を信じていないようだった。
私が笑うと、ネリクが嬉しそうに笑うんだよ。もうこれ、可愛い以外の何ものでもないよね。
だから、初日に瀕死状態になっていた時に聞いた呪いみたいな言葉は、聞き間違いじゃないかと思っている。だって、こんな無邪気なネリクが「殺されたいか」とか「怖がれ」とか言う筈がない。そもそもネリクはそんなにまとまって喋らないし。
至れり尽くせりの一日が終わると、ネリクは卵を温める親鳥さながら私を温め始める。
「ふふ……ルチア……」
人の耳に息を吹きかけながら、嬉しそうに寝言で名前を呼ばないでーっ!
「全くもう……」
腕を後ろに伸ばしてネリクの耳を撫でると、寝ているネリクはくすぐったそうにピクリと耳を動かした。
ネリクは自分のことを語らない。それにしたって、添い寝までしてくれる家主のことを知らなさ過ぎるのはさすがに問題なんじゃないか。
そう思って、今日の昼間に思い切っていつからここに住んでいるのか、親兄弟はいないのかと尋ねたら、「ずっとひとり」という寂しい答えが返ってきた。それ以上深く聞くことは
ネリクは人間じゃない。聖女の敵である魔物と同じ赤い目を持つ魔人で、生い立ちも何も分からない。
だけど、私を拘束して自由を奪い、要らなくなった途端裏切って殺そうとした人間よりも、遥かに信用できた。
寝返りを打って、顔をネリクに向ける。すやすやと寝ているネリクの長いまつ毛を、至近距離から眺めた。ネリクは毎度即寝なので、こうしてネリクの寝顔を眺めるのが日課になっている。
私のよりもふっくらした唇は少し開いていて、頑丈そうな牙がちらりと覗く。スッとした頬骨の上に浮かぶ少し浅黒い健康的な肌はすべすべで、マルコに負けず劣らず精悍な造作だ。なのに目を開けると垂れ目でにこにこしてくるから、可愛くて仕方ない。
「ルチア……」
私が身動きをしたせいで隙間ができたのを感じ取ったのか、ネリクが私を引き寄せる。柔らかい筋肉がついた腕と胸筋に挟まれると、やっぱり「いいのかなあこれ……」と思わなくもない。
ネリクの温かい身体にぴったりと頭を寄せると、幸せ過ぎてジンとしてきてしまった。今なら、崖から突き落としたマルコも鞭打ち百回くらいで許してあげられる気がする。
――ネリクは私のことをどう思ってるんだろう。怪我をして拾ってきたのが私じゃなくても、ネリクは同じように「温めない」んだろうか。
考えた途端、胸の奥がチクリと痛んだ。ん? なんだろう、この痛み。
浮かんできた疑問の正体について考えている内に、気がつけば夢の世界に旅立っていた。
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